都市(とし)とは、商業、流通などの発達の結果、限られた地域に人口が集中している領域を称する言葉として使われることが多い。
目次 |
都市についての国際的に統一された定義はない。都市は、機能的には居住地域、工業地域、商業地域からなる。中心部には官衙や事務所、商業施設が集中する地域、たとえば都心、中央業務地区(CBD;central business district)があり、その周辺に都心住宅地(インナーシティ)や工業地域が、更に外縁に郊外が形成される。
ドーナツ型に同心円を描いたり、都市から放射状に広がる鉄道路線や自動車道の上に衛星都市として点在したり、その周縁の広がり方は、地形的な制約や交通の整備状況などにも依存する。また、その都市に流れ込んでる人口、経済的な商品、人の移動などその用件によって、同心円の形はアメーバの運動のように多様に変化し、一定した周縁という物は無い。
都市の形成は人類の有史とともにあり、宗教施設や行政施設などを中心に構成された。 また、港湾や宿場町といった流通拠点もまた、流通業やその関連業の集中により都市を形成していく。
現在の日本では、役所(役場)が所在する市街地の人口が多く、第一次産業労働者の比率が低い自治体が市となることが出来、都市と形容される。複数の市街地の連担(コナーベーション)が起き、自治体の枠を超えてそれが広がるにつれ、全体として都市や都市圏と呼ばれる。
都市の類義語として都会や都などがある。
「都市」と呼んだ場合には、規模の大小を問わないのに対して「都会」「都(みやこ)」というと、「田舎」「鄙(ひな)」の対義語で、規模が比較的大きな都市を指す場合が多い。
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東京(西新宿) |
大阪(梅田) |
都市にはライフライン、食料の供給と水、電力、通信などの手段が、都市における住民の生活を維持し、その他の都市とのつながりを確保する手段として必要とされる。都市には、電力供給の手段と上下水道の設備、道路、鉄道駅や港、空港などのインフラストラクチャーも、その人口に応じて必要とされる。また、汚水やゴミの処理などの静脈物流も必須である。更に、大量消費の時代に入ってからは、ゴミ・廃棄物の問題が顕在化して大都市においても深刻な問題となっている。
19世紀以降、都市の限られた空間を効率よく使うために、高層ビルや地下(近年では大深度地下)が利用されるようになった[1]。
都市の発展により、都市の周辺の農村部においても、農地の宅地化や工場・商業施設などの進出など、都市としての性格を持つようになる。この現象を都市化という。この内、無計画な都市化をスプロール現象という。
人口で都市の規模を計ろうにも、先進国の大都市では、職住分離が進んでいる場合が多く、中心自治体の範囲と都市機能に主に携わる人々の居住地の範囲が必ずしも一致していないことが多い(例:千代田区の夜間人口は約4万4000人なのに対し、昼間人口は約85万人)。そのため、都市の規模を表すために、自治体の人口、人口集中地区(DID)の人口、都市圏の人口など、各種の人口指標が存在する。
また、経済に関する統計値や、経済力が端的に現れると見られる中心業務地区(CBD)や都心の大きさを以って都市の規模と見る向きもある。
「大都市」といった場合には、名目(人口と面積)ではなく、実質(中心市街地の機能や密度)が過度に集中している都市であり、一般に「過密都市」と呼ばれる都市を指す。一個の媒体(城・港など)から端を発して、それが巨大化したのが特徴的である。また、商業・交通・娯楽など、全面において充実度が高い。日本の総務省は、政令指定都市を指して大都市としている[要出典]が、これに特別区である東京の23区を加える場合もある。
また、チューリッヒやブリュッセルのように、都市規模はさほど大きくない場合でも、国際機関や多国籍企業の中枢が集積する世界都市(グローバル都市)を「大都市」としてみなす場合もある。
国際連合の統計による都市部人口(2007年)[1]
| 順位 | 中心都市 | 人口 | 国 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 東京 | 35,676,000 | |
| 2位 | ニューヨーク | 19,040,000 | |
| 3位 | メキシコシティ | 19,028,000 | |
| 4位 | ムンバイ | 18,978,000 | |
| 5位 | サンパウロ | 18,845,000 | |
| 6位 | デリー | 15,926,000 | |
| 7位 | 上海 | 14,987,000 | |
| 8位 | コルカタ | 14,787,000 | |
| 9位 | ダッカ | 13,485,000 | |
| 10位 | ブエノスアイレス | 12,795,000 |
歴史・地理学者は、文献や遺跡の面積、それぞれの時代の生産性から都市人口を推定している。古代・中世の人口統計は残っている方がまれであり、その信頼性も低い。
以下1850年頃までに100万人以上の都市域人口を有していたと推定されている都市に関し、二人の学者のピーク時推定人口を列挙する。史料が乏しい場合の推定人口の誤差は大きく、しばしば桁すら変わってしまう。より詳しい推定値については歴史上の推定都市人口を参照。
| 都市名 | Chandler(1987) | Modelski(2003) | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 年代 | 推定人口 | 年代 | 推定人口 | ||
| アレクサンドリア (アル=イスカンダリーヤ) |
紀元前60年 | 325,000 | 紀元前100年 | 1,000,000 | 30万人(紀元前60年, 自由民人口,『歴史叢書』); 最大推定 110万人 |
| ローマ | 紀元100年 | 450,000 | 紀元100年 | 1,000,000 | 17.83 km2(アウグストゥス城壁内) |
| 171-180年 | 600,000 | 200年 | 1,200,000 | 最大推定 200万人 | |
| 271-280年 | 500,000 | 300年 | 1,000,000 | 13.05 km2(270-273年, アウレリアヌス城壁内) | |
| コンスタンティノポリス (イスタンブル) |
500-565年 | 600,000 | 600年 | 600,000 | 12 km2(447年, 城壁内) |
| 944年 | 330,000 | 1000年 | 600,000 | 16 km2(11世紀, 城壁内); 最大推定 100万人 | |
| 1600-1650年 | 700,000 | 11万戸(1552年); 最大推定 130万人 | |||
| 1675-1690年 | 750,000 | 88,185 戸(1794年); 最大推定 110万人 | |||
| 1850年 | 785,000 | 873,565(1885年, 城壁内) | |||
| 京兆府長安(西安) | 700-750年 | 800,000 | 700年 | 1,000,000 | 30 km2(隋唐城壁内); 362,921 戸(742年, 京兆府); 最大推定 200万人 |
| マディーナト・アル=サラーム (バグダード) |
932年 | 1,100,000 | 900年 | 900,000 | 73.42 km2(932年, 推定都市域); 最大推定 300万人 |
| 1000年 | 125,000 | 1000年 | 1,200,000 | 公衆浴場 1,500(993年); 最大推定 150万人 | |
| 1100年 | 150,000 | 1100年 | 1,200,000 | 65 km2(1070年頃, 推定都市域) | |
| 1150-1258年 | 100,000 | 1200年 | 1,000,000 | 公衆浴場 2,000(1185年, イブン・ジュバイル) | |
| アル=クルトゥバ(コルドバ) | 1000年 | 450,000 | 1000年 | 450,000 | モスク 471, 11.7 km2(1009年, 城壁内); 最大推定 100万人 |
| ヤショダラプラ(アンコール) | 1000年 | 200,000 | 1000年 | 400,000 | 9 km2(950年頃, 城壁内); 105 km2(アンコール遺跡全域) |
| 1200年 | 150,000 | 11 km2(1200年頃, 城壁内); 最大推定 150万人 | |||
| 松都(開城) | 927-1100年 | 60,000 | 8,457(1000年頃, 職人人口); 最大推定 100万人 | ||
| 東京開封府(汴京) | 1100-1102年 | 442,000 | 1100年 | 1,000,000 | 60 km2(1127年, 城壁内); 最大推定 200万人 |
| 1232年 | 210,000 | 1200年 | 1,000,000 | 90万人虐殺(1232年, 金史) | |
| メルヴ(マリ) | 1150年 | 200,000 | 38 km2(1150年頃, 推定都市域); 最大推定 150万人 | ||
| 臨安府銭塘(杭州) | 1200年 | 255,000 | 1200年 | 1,000,000 | 302,800 戸 (1250年頃, 臨安府) |
| 1273-1350年 | 432,000 | 1300年 | 1,500,000 | 23 km2(1360年, 城壁内); 最大推定 250万人 | |
| 北京 (大都路大興, 順天府大興) |
1270-1300年 | 401,000 | 1,100,000 | 36 km2(1264-8年, 城壁内); 401,350(1270年, 大都路) | |
| 1575-1600年 | 706,000 | 1500-1600年 | 1,000,000 | 706,861(1579年, 順天府) | |
| 1800年 | 1,100,000 | 1800年 | 1,100,000 | 30 km2(1750年頃, 城壁内); 最大推定値 150万人 | |
| 1845-1850年 | 1,648,000 | ||||
| アル=カーヒラ(カイロ) | 1348-1349年 | 494,000 | モスク 494, ペストで20万人死去(1348-9年, アブ・ルゴド) | ||
| 1500年 | 400,000 | ||||
| 応天府江寧(金陵, 南京) | 1400年 | 487,000 | 1400年 | 1,000,000 | 75 km2(1373年, 城壁内); 1,193,620(1394年, 応天府); 最大推定 140万人 |
| ヴィジャヤナガル | 1500年 | 500,000 | 30 km2(16世紀, 7層の城壁内); 最大推定 130万人 | ||
| 平安京(京都) | 1624-1632年 | 410,000 | 410,098(1632年); 最大推定 130万人 | ||
| エスファハーン | 1673-1675年 | 360,000 | 29,469 戸(1673年, 城壁内); 38,249 戸, 90 km2(1673年, 全都市域); 最大推定 110万人 |
||
| アユタヤ | 1767年 | 180,000 | 1700年 | 1,000,000 | 16 km2(1720年, 推定都市域) |
| 江戸(東京) | 1721年 | 700,000 | 509,708(1721年, 町方支配場町人人口); 最大推定 100万人 | ||
| 1798-1804年 | 685,000 | 1800年 | 1,000,000 | 492,449(1798年, 町方支配場町人人口); 最大推定 130万人 | |
| 1854年 | 788,000 | 573,619(1854年, 町方支配場町人人口); 最大推定 120万人 | |||
| ロンドン | 1800年 | 861,000 | 1800年 | 1,000,000 | 128,129(1801年, City of London); 959,310(1801年, Inner London) |
| 1850年 | 2,320,000 | 127,869(1851年, City of London); 2,363,341(1851年, Inner London) | |||
| 広州 | 1800年 | 800,000 | 1800年 | 1,000,000 | |
| 1825-1835年 | 900,000 | 499,298(1895年, 広州城壁内); 最大推定 150万人(仏山を含む) | |||
| パリ | 1775年 | 600,000 | |||
| 1850年 | 1,314,000 | 1,053,262(1851年, 城壁内) | |||
アジアは、伝統的に大都市が多い。これは、ベースとしての地域人口が多いからである。
単位面積当たりの収量が多い稲作が、大人口を支えてきた。漢書によると紀元2年の人口調査で長安には80,800戸246,200人の人口がいたとされており、戸籍に残らなかった人口を含めて40万人程度の人口を抱えていたと推定される。以降、中国では唐代の長安、北宋~金代の開封、南宋~元代の杭州(銭塘)、明代の南京、元代以降の北京などが、人口100万人を超える大都市であったと推定されている。日本においても、平城京や平安京、平泉、鎌倉などが10万人以上の人口を有していたと推定されている。
中世末期(日本においては近世とも呼ばれる)頃には、江戸が人口100万人を超え、当時の世界においては北京やイスタンブルと並ぶ最大規模の都市であった。
近代以降、アジアにおける人口爆発は大都市の急成長を促す事になる。
明治維新以後、東京市は成長を続けて20世紀初頭には百万人規模の都市になっていた。なお、当時は大阪も東京に匹敵する規模を持っており、関東大震災後には一時的に大阪は東京を上回る規模になった。
第二次世界大戦の戦災で人口が減った東京は、戦後復興の中で再び成長した。現在では、東京は、「都市」として見た場合には約800万人の規模であるが、「都市圏」として見た場合には3,000万人とも言われる人口を抱える規模になっている。 20世紀後半には、工業化の進んだ国だけではなく、途上国でも都市人口が急増した。より良い雇用や教育の機会を求めて、地方から過密都市に多量の人口が流入した。中華人民共和国、インド、パキスタンなどの大人口国家においては、名目で1千万人を超える巨大都市を初めとして、大都市が首都以外に幾つも生まれている。
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都市の構造は、中心地に大規模な超高層ビル群(摩天楼)を建設する北米型と呼べる。特に、近年の開発が顕著な中華人民共和国や東南アジア、中東については、このタイプの都市が多い。ただし、アジアの都市は人口が多く、土地もさほど広くないため、四方に都市空間の広がりを見せる。よって、北アメリカのように、中心地に無数の摩天楼が峙えても、10kmも走ればただっ広い牧草地が見えるような都市形成は、極めて少ない。主に自動車道に沿って、中層階級のための団地が延々と建設され、その外れには、都心や団地に住めない貧困層が、不法にスラムを形成している例が多い。
古代ヨーロッパにおいて、ローマが200万人とも推定される巨大都市へと成長した後は、商業の衰退や荘園化、相次ぐ異民族の進入や内乱による都市の破壊が進み、ヨーロッパの都市は軒並み衰退した。[要出典]
中世の都市人口は、最大でも40万から60万人規模(後ウマイヤ朝の首都コルドバや、東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスなど。いずれもイスラム圏や東方正教会の影響圏)であった。特に、西ヨーロッパでは10万人規模を超えた例はまれであった(百年戦争休戦期のパリが推定28万人, 最盛期のヴェネツィアが推定11万人)。大航海時代到来後、ヨーロッパ各所に10万人規模を超える都市が出現する。
産業革命後、工業の集積でロンドンが巨大化。数百万人規模の都市となり、19世紀中葉において世界最大の都市となった。その後、各地で工業化が進むにつれ、人口100万人を越える大都市が複数生まれた。
現代では、ヨーロッパの人口停滞を背景に、都市の急成長は見られなくなった。主に、各国の首都が大都市となっている他には、大都市は少ない。首都以外での大都市の例としては、バルセロナ、バーミンガム、ミラノ、ハンブルク、ミュンヘンなど、国民国家誕生以前の地方国家の首都だった都市や、産業革命で鉱工業都市となった都市がある。
また、中心市街地が歴史的価値を持っている都市が多いため、都市開発に制限が設けられている(市街地自体が世界遺産に登録されている都市も多い)。そのため、アジアや北アメリカのように、摩天楼が林立する大都市は成立し難い。第二次世界大戦の空襲で完全に破壊されたドイツの金融都市・フランクフルトや、中心市街地付近の廃墟をビル街として再開発したロンドン(ドックランズ)や、ベルリン(ポツダム広場)、ヨーロッパの玄関口に位置するロッテルダムなどは例外である。
アフリカでは、紀元前からエジプトにおいて都市が発達している。特に、ヘリオポリス近隣は都市が少しずつ場所を変えて成長し、フスタート、カイロへと発展する。学者によってはプトレマイオス王朝時代のアレキサンドリアは100万人を超える人口を抱えていたと推定している。 また、フェニキア人が植民都市としたカルタゴも全盛期には50万人規模の人口があったと推定されており、ローマ時代も北アフリカの重要な都市として栄えていた。
7世紀以降、イスラム教の伝播により、各地に祭礼と交易の拠点が築かれ、アフリカ北部で都市が発達した。サハラ砂漠を越えるキャラバンなど交易の網は広がり、次第にサハラ以南においても都市が発達した。
大航海時代以降、ヨーロッパ諸国による奴隷貿易や商品貿易の拠点として、西アフリカのギニア湾沿岸に港湾都市が建設された。以降、植民地の統括中心地として各地に都市が作られた。
第二次世界大戦後、アフリカの年を経て独立した国々が、自らの都市として整備を開始したが、間もなく各地で内戦が勃発。長引く戦乱により、経済活動が停滞して発展を阻害されている。一方、各国の首都などには、地方から飢饉や内戦を逃れたり、教育や雇用の機会を求めて人口が流入し、無秩序な拡大の一途をたどっている。収容し切れない人口は、都市周辺にスラムを形成している。
中東は、人類が初めて都市を作った場所の一つであり、初めて戦争を行った場所の一つである(ハモウカルを参照)。以来、多くの王国や帝国が生まれ、東西交易の拠点として商業都市が繁栄していた。ウル、ウルク、バビロン、スーサ、ニネヴェ、ダマスカス、エルサレム、ペルセポリス、セレウキアと対岸のクテシフォンなどがその典型である。その多くは、川の流れの変化や政治的拠点の喪失などにより衰退した。
イスラム教の拡大により11世紀頃には、世界でも最先端の技術と文化が生み出される繁栄の拠点となった。百万都市バグダード、イスラム教の聖地メッカ、バスラ、アデン、イスファハン、または、ヨーロッパ側のイスタンブル、アフリカ側のカイロなども、イスラム文化の中心地として繁栄した。
大航海時代以降、陸上貿易が衰えて、商業拠点としての優位性を失った都市は、次第に発展が頭打ちとなり、19世紀にはヨーロッパの都市発展を前に、相対的な没落を経験する。
第二次世界大戦以降、特に、石油危機の後はオイルマネーの流入により経済的に躍進を遂げ、アラビア湾岸には莫大な資金で維持される豊かな都市が現れた。これらの都市の富裕ぶりに人口が集中して、砂漠の中に大都市が存在している。
アングロアメリカには、18世紀頃から都市が生まれた。当初、大西洋岸に限られていた都市は、19世紀後半には中西部から太平洋岸にまで存在するようになり、その中の幾つかは、20世紀初頭に大都市となった。
アングロアメリカの都市は、世界に先駆けてモータリゼーションを経験した事から、自動車保有を前提にした都市計画が実施される事になった。そのため、人口では同規模の他国の都市に比較して、都市圏の面積が広い。このため、中心となる都市の人口だけを見て、他国の都市と比較する事があまり意味を成さない。
例えば、サンフランシスコ市は人口が70万人程度であり、日本の都市と比べると相模原市や堺市ほどの規模になるが、近郊の都市も含めたサンフランシスコ都市圏は人口は700万人規模となり、行政単位では東京特別区ほどの人口を抱えている事になり、実質上中京大都市圏クラスの規模となる。この例では他に、ボストン(人口60万、都市圏500万)、アトランタ(人口40万、都市圏550万)、シアトル(人口55万、都市圏400万)、マイアミ(人口40万、都市圏500万)、他にはミネアポリス及びセントポールの双子都市(都市圏約300万人)、デンバー、カンザスシティ、タンパなどが代表であり、高層ビルが林立する大規模なダウンタウンが見られる。
デトロイト(人口80万、都市圏550万)、ボルティモア(人口50万、都市圏はワシントンDCを含め760万)クリーブランド(人口45万、都市圏300万)、セントルイス(人口35万、都市圏270万)、ピッツバーグ、シンシナティなどのように、中心市街地の空洞化、インナーシティのスラム化、再開発に伴う建物の高次化・地価高騰などによって、住民が郊外に移住したことにより、都市圏が拡大された例もある。(ピッツバーグ、シンシナティなどは再開発に成功し、市街地の空洞化も食い止めている。他にリッチモンド、ノーフォーク、ハートフォード、ソルトレイクシティなどは都市人口は20万人にも満たないが、都市圏人口は100万人を超えている。
これらの都市は年々、行政市の人口は減少しているものの、都市圏全体で見ると横這い又は増加している。反面、近年になって発展したサンベルトなどの都市は人口増加のため広域合併などによって市域を拡大したため、人口に反してダウンタウンが比較的小規模であるケースも見られる。例を挙げれば、フロリダ州のジャクソンビル市は都市人口は約75万人で、州内で一番多いが、都市圏人口で測るとわずか110万人に過ぎず、都市人口18万人のオーランド市の都市圏人口(約160万人)よりずっと小規模となる。他の例では(サンディエゴ、サンアントニオ、サンノゼ、フェニックス、コロンバス、ジャクソンビル、シャーロットなど。)
よって、アングロアメリカの都市を調べる時は、単に行政市の人口で見るより、都市圏の人口、拠点性やCBDの集積度などで都市規模を見るのが望ましい。
ラテンアメリカでは、古来より祭礼の中心地として、メキシコ及びグアテマラやアンデスとしてテオティワカンやテノチティトラン、クスコなどの都市が盛えた。
大航海時代にスペインとポルトガルが侵略したため、これらの都市は破壊され、跡地はメキシコシティなどにキリスト教を中心とする植民都市となった。また、大西洋沿岸部に、ヨーロッパとの金やエメラルドの交易窓口としてカリブ海沿岸やブラジル、アルゼンチンなどに港湾都市(カルタヘナ、ブエノスアイレス、リオデジャネイロ、レシフェなど)が建設され、19世紀後半から20世紀前半にかけて、農作物の集散地と欧州への輸出拠点として、これらの都市は繁栄した。太平洋沿岸に築かれたリマなどの都市からはパナマ地峡を経てヨーロッパへ金や銀が運ばれた。
20世紀後半も、工業化により都市の成長は続き、サンパウロなどの千万人規模の都市が複数ある。アジアやアフリカと同様に、これらの都市も人口流入とスラムの形成が深刻である。
また、ラテンアメリカの大都市は、植民地時代の名残の残る歴史的な旧市街と、富裕層が集まる近代的な新市街に分かれている場合が多く、階級社会を象徴している。
複数の機能を集積することは都市の本質的な特徴であり、一つの都市は複数の分類に属することが多い。例えば、京都市は、国際都市であり、観光都市であり、学術都市でもある。
国家の中央政府(国会・最高裁判所・中央省庁)や地方政府(道政府・州政府・県庁などの広域自治体)が置かれている都市。特に、国家の中央政府が置かれている都市を首都といい、州政府の置かれている都市を州都、道政府の置かれている都市を道都ともいう[要出典]。
中央政府や地方政府から政策などに関する発表(日本国政府においては内閣官房が発表する)が行われるので、自然と放送局や新聞社などの報道機関が立地し情報の発信地ともなる。更に、官衙(行政庁)への届出のために企業が立ち並び、いつしか「経済の中枢」となる都市も少なくない。(東京特別区やソウルなど)
こうなった後の首都を持つ国の一部は、政治の中枢と経済の中枢を分離するため、遷都(首都機能移転)によって新たな都市が誕生する例もある(ブラジリアやキャンベラなど)。しかし、遷都には多くの問題(経済的問題や世論の反発など)を妊むため、計画が破綻する例もある。日本では、首都機能移転計画が宙に浮いたままであり、大韓民国においても首都移転計画を憲法裁判所が却下したなど。
その地方における中枢機関(特に、道政府。日本の場合にはその地方を総轄する国の出先機関。)が置かれている都市。人口の多少に拘らず、その地方の中央部に置かれる場合が多い。州都に見られるタイプである。括弧内は、その都市が中心になっている地方。
古くから商業が活発な都市。古くから大口の物資の運搬方法が船である事から、大河の辺や潮流の穏やかな、海に面した場所が多い。 商業都市の近くに観光地ができやすい。
特定の工業が集積した都市。都市の経済が第二次産業で成り立つ。古くからある工業都市は、原料や完成品の運搬のために港湾設備を備えた所が多い。最近は、新たに工業生産品がPCパーツのように小型である場合には、空港があれば、臨空都市としても産業振興が図れるというケースもある。
なお、一つ特定の企業の工業が立地している所は、下請けのための工場が林立するため、俗に企業城下町と呼ばれる。
地下資源を産出するか、産出地に生産要素(労働力・資材・機械・技術など)を供給する都市。資源を運搬する鉄道・船舶や労働者、資源を利用する重工業が集まる。産出量が落ちて衰えるなどの問題を抱える事が多い。
経済が第一次産業(農業・漁業・林業)で成り立つ都市。自然環境に恵まれた場所に位置する。天候不順の時には経済的打撃を激しく受ける。
空港や港、一般道路や鉄道の重要なターミナルや、高速道路のジャンクションを持つ都市。狭義では、陸上交通の要衝を指す事が多い。四方八方から路線が集まって来るため、物流の拠点や工場が整備され易い。
基地や兵站などの軍事機関が立地している都市。陸軍、空軍主体の場合は広大な平地に、海軍主体の場合は軍艦の停泊に適した港湾に面して位置する事が多い。軍都も参照
詳細は「学術都市」を参照
大学を初めとした高等教育機関や研究所が集まる都市。学園都市ともいう。大学の新設や移転と共に付属する研究所が林立し、更に発展して、先端産業の工場が立地する事もある。海外では、名門大学が本拠を置くcollege town(大学街)が存在する。
観光地を持つ都市。都市の経済が観光業で成り立つため、特に、自然が関わるレジャー(夏の海水浴や冬のスキーなど)では、天候不順などによる経済的打撃が大きい。
などのタイプがある。必然的に、一時期に客が集中する現象が起こる。(→詳細については、観光都市を参照されたい)
保養地のある都市。温泉や高原の保養施設が多く立地する都市や、避暑地・避寒地がここに属する。観光都市に含まれることもある。
(→#形態的要件の「門前町・寺内町」を参照されたい)
特に、人口稠密都市の周辺にあって拠点都市に勤める労働者などが居住する都市。俗に「衛星都市」「ベッドタウン」と呼ばれる。近年の日本では、首都圏や大阪圏を初めとする各都市圏で、主に鉄道交通機関の沿線開発による住宅都市の成立が多い。アメリカにおいてもサンベルト地帯での都市圏拡大やインナーシティによる郊外化などによって大型の住宅都市が見られるようになっている。
また、新たな住宅都市が成長、発展することによって既存の住宅都市が商業などの拠点性を持ち、階層化することが多い。
田園都市は、garden cityの和訳。
都市問題としての課題に次のようなものがある。
それぞれの地域は、それぞれに固有の在来の生物群集を持っているが、ヒトは自分の周辺にそれらとやや異なった生物群を引き連れることが多い。例えば積極的に育成するものに家畜や作物があり、それらを育成するために作る環境にはまた多数の生物が付随して出現する。そのためそこには外来種が多く出現する。さらに、そこから家のみが集中する都市においては、作物や家畜に関わる部分が少なくなった分だけ、さらに自然な生物群集の成立する環境とかけ離れた条件となっている。従ってそこに生活する生物は多くない。しかしながら全く存在しないわけではなく、それなりに独自の生物群集が存在する。このような観点から、都市を一つの自然環境と見なした場合、都市生態系ということもある。
これは一つにはそのような環境にも耐えられる生物が残ることで成立する。踏まれても枯れないオオバコや、アスファルトのひび割れからでも花を咲かせるスミレなどは都市の道ばたにも出現する。また、公園などの形で残された緑地にはそれなりに様々な生物が住んでいる。
逆に、人間の作り出した環境条件が好適であるために増えるものもある。例えばヒトの住居は往々にして乾燥した垂直の壁や庇的構造を提供し、ツバメは現在ではほとんど人間の作った構造で巣を作る。青木純一が都市でササラダニを採集したところ、コンクリートの上に生えるコケから珍種が発見された。これは後に海岸近くの岩の上などに生息するものであることがわかったという。他に、保温性が高いためにより暖地の生物が都市で繁殖する例もある。ゴキブリなどもこの例であろう。
特定の都市を指し、接尾語として「○都」「○○の都」「○京」を付けて通称にする事がある(必ずしも政治上の首都とは限らない)。古くは、国府や守護大名の所在都市に、「府」「陽(洛陽つまりその国の都)」を付けた名称もあった。甲府や防府など、現在の都市名に引き継がれているものや町おこし・地域ブランドづくりのために地域の歴史や産業にちなんで名付けられたものもある。
また、海外の都市を漢字で音訳する場合、都市名の音の頭文字を漢字に置き換えて、それに「都」「府」「港」を付ける事がある。ただし、これは、古風な表現で現在においては殆ど用いられない。なお、現在での漢字表記を、括弧内に記す。
大都市や小都市や村落など、規模を問わず、基礎自治体を同じ名称で呼ぶ国はヨーロッパに多く見られる。
この代表的な国家には、フランスやイタリアなどがある。これらの国家では、パリやミラノのような大都市でも、カンヌのような小都市でも、カマンベールのような村落でも、全て「commune(仏:コミューン)」や「comune(伊:コムーネ)」と呼ばれる。イタリアでは、市役所(・村役場)のウェブサイトのURIにおいて“comune”の後に都市名(・村落名)が付く自治体が多い。
一般に、首都は「特別市」として、一市単独で州・道を構成する所も多い。しかし、首都以外でも、過密になり大都市となっている市もある。その中にも、「特別市」として、一市単独で道を形成する所もある。以下に、その例を挙げる。
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