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昭和町(しょうわちょう)は、山梨県中央部にある町である。中巨摩郡に属する。
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甲府盆地の中央部に位置し、かつて釜無川の氾濫原であった平坦地。笛吹川支流の河川も流れ、近世以降は穀倉地帯や甲府の水源にもなる。
氾濫原であるため考古遺跡も見られず、開発は遅れていたと考えられている。江戸時代には西条、西条新田、清水新居、河東中嶋、押越、紙漉阿原、築地新居、築地新田、飯喰、河西、上河東の11か村。近年は新興工業団地の成立や甲府市近郊として宅地化が進み人口が増加。イトーヨーカドー甲府昭和店出店など大型ショッピングモールの出店に伴い付近は再開発された。昭和46年6月に昭和町となり現在に至る。
中央自動車道を境とした紙漉阿原東部は甲府市、旧玉穂町にまたがる国母工業団地の一部にあたる。工業団地は天野久知事時代の県勢振興計画で定められた県外企業誘致方針の一環として田辺国男知事時代に取り組まれ、甲府地区開発事業団が設立され1970年(昭和45年)に首都圏整備法に基づく都市開発区域として着工された。1973年(昭和48年)には第一期の分譲が完了した。国母工業団地に続いて県内では甲西工業団地、身延工業団地など基幹工業団地の造成が行われるが、昭和町域では釜無川左岸の玉幡飛行場跡地にあたる築地新居、築地新田地区が釜無工業団地にあたり、1976年(昭和51年)から県土地開発公社を事業主体として造成された。
上河東の妙福寺本堂の青銅製鰐口は1960年(昭和35年)11月7日に県指定の工芸品。また、鎌田川のゲンジボタルは1930年(昭和5年)に国指定の天然記念物であったが、地方病(日本住血吸虫)の中間宿主であるミヤイリガイの駆除の影響で、餌となるカワニナが激減したために減少し、1976年(昭和51年)には指定は解除された。
| 昭和町と全国の年齢別人口分布図(比較) | 昭和町の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は昭和町
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
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