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日本国政府専用機(にほんこくせいふせんようき)とは、日本国政府が所有・運行を行い、政府要人の輸送および、在外の自国民保護などのために使用される航空機である。
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日本は現在2機の「日本国政府専用機」を保有している。機種はボーイング747シリーズの中でも最大級のボーイング747-400である。アメリカの大統領専用機 (747-200) が「空飛ぶホワイトハウス」と呼ばれていることにあやかり、「空飛ぶ総理官邸」と呼ばれるほか、天皇や皇族が搭乗する際は「御召機」(おめしき)または「御料機」(ごりょうき)とも呼ばれる。要人が政府専用機を使用する際は、通常任務機と予備機が共に飛行し[10]、任務機が故障した場合には直ちに予備機が使用できるという体制をとっている。なお、政府専用機のうちの1機が整備などで使用できない場合は、日本航空が同社の機材を予備機として提供している[11]。
両機は総理府の予算で購入され、航空自衛隊に運用を委託する形で使用を開始。現在では防衛省が管理する航空自衛隊機で、乗組員は航空整備士[12]から空中輸送員(客室乗務員)[13]まで、すべて「航空自衛隊特別航空輸送隊第701飛行隊」、通称「特輸隊」と呼ばれる組織に所属する自衛官である。なお、客室乗務員の訓練は日本航空が委託して行っている[14]ほか、国内外における機内食の企画、調製などは日本航空の系列会社である「ティエフケー」が行っている[15]。
日本国政府専用機は2機体制であるが、本来要人輸送機は最低でも『正(要人搭乗・主務機)』『副(随行・副務機)』『予備(正・副が出発した後基地で待機・非常時の代替機)』の3機体制で運用されるのが望ましいとされている。もし1機が故障していると使用できるのが1機のみになり予備機がなくなってしまうからで、また海外寄港地で2機とも故障した場合は代替機がなくなり、危機管理上の問題を呈すとみなされているからである[16]。しかし当初の2機購入の数年後に防衛庁が上記の理由で三番機の予算も原案に組み込んだところ、大蔵省査定ではねられてしまった。そもそも政府専用機の導入は、当時日米間の最大懸念だったアメリカの巨額の対日貿易赤字を減らすための国策的要素が強いものだっただけに、やがてバブルが弾けて日本経済が長期にわたる不況に陥ると、三番機の購入に数百億円もの税金を充てるのは難しい状況となった[17]。
さまざまな面でアメリカ大統領専用機のエアフォースワンに倣った日本の政府専用機だが、両者の大きな違いはその用途にある。エアフォースワンは「政府」専用機ではなく「大統領」専用機で、大統領個人が「良識の範囲内」で公私にわたって自由に使用することが認められており、国内遊説や選挙戦はもとより、休暇時の保養地への移動にも使われている。一方、日本の政府専用機はあくまでも公用車や御料車と同様に政府所有機であり、その用途は公用に限られる。しかも通常は外遊時にのみ使用され、国内での移動に利用されることはほとんどない[18]。したがって年間の飛行回数や飛行時間はエアフォースワンにくらべると格段と少なく、導入当初は「虎の子」「宝の持ち腐れ」などといった批判を浴びることも少なくなかった。
第二次世界大戦終結後、皇族や首相、閣僚の海外公式訪問や国内移動の際に、半官半民の経営体制で、日本のフラッグキャリアである日本航空の特別機が頻繁に使用されることになり、1954年8月には、北海道で開かれた国民体育大会開会式から帰京する昭和天皇と香淳皇后のために、初の皇族向け特別機が千歳空港-羽田空港間で運航された。
その後も特に海外公式訪問の際の特別機として、国際線を唯一運航していたフラッグ・キャリアの日本航空の機材が利用されるケースが多かったものの、1970年代に入りアメリカ政府から対日貿易赤字の縮小を求められ、その過程で、アメリカ製の航空機を政府専用機として購入することで、アメリカ政府の態度を和らげる一助にすることなどを背景に、アメリカ製のボーイング747-SPやボーイング707、マクドネル・ダグラスDC-10などを中心に導入が検討されはじめた。
また、ベトナム戦争やイラン・イラク戦争など、海外の有事の際の邦人救援特別機として同社の機材を使用することを打診した際に、乗務員の安全面などから同社の労働組合が運航に反対するなどの問題があった。さらに自衛隊員の海外派遣に際して、同社の左翼的な一部の労働組合から様々な感情的な反対があるなど、有事の際の海外移動を同社に任せることへの問題が噴出し、この様な問題がない政府専用機の導入への検討が進められた。
その上、1951年の設立から長らく半官半民という経営体系であった同社が、1985年9月に、当時の中曽根康弘首相が進める国営企業や特殊法人の民営化推進政策を受けて完全民営化の方針を打ち出したことなど様々な理由から、1980年代半ばになり急速に政府専用機の導入が推し進められることとなった。
最終的に、日本から無給油でヨーロッパや北アメリカの主要都市に飛ぶことができる当時唯一の機材であることなどから、アメリカのボーイング社が製造するボーイング747-400の導入が1987年に閣議決定され、予備機を含め2機が導入されることとなった。
2002年(平成14年)6月28日、カナダのカルガリー郊外の保養地・カナナスキスで行われたG8サミットの帰途、ドイツのゲアハルト・シュレーダー首相と秘書官・警護員ら5人が小泉総理搭乗の日本国政府専用機に同乗して来日した。翌々30日に横浜国際総合競技場で行われる2002 FIFAワールドカップの決勝・ブラジル対ドイツ戦を控え、この観戦に間に合うようぜひ相乗りで行かせて欲しいというドイツ側からの異例の要請を日本側が快諾したもの。約10時間の飛行中、機内ではくつろいだ雰囲気のなかで日独首脳会談(「ヒッチハイク外交」、外務省)が行われたほか、両首脳は食事を共にしながら四方山話に花が咲いたという。小泉総理は総理執務室をシュレーダーに譲って、自らは官房副長官用の個室で休息した。
一国の首脳が他国の政府専用機に同乗して長時間に及ぶ海外フライトを行うというのは、外交プロトコル上の変則であることは言うに及ばず、危機管理の面から見ても異例なこと[19]であり、日本政府専用機ではこのシュレーダーの便乗が唯一の例、しかも例外中の例外となっている[20]。
ドイツ政府も元東ドイツのインターフルク所有機であったエアバスA310-300を政府要人専用機として保有しており、シュレーダーは同機でカルガリー入りしている。A310-300にはカナダ太平洋岸やアラスカなどで一回の給油を行えば羽田まで難なく飛ぶだけの航続距離があるはずだが、ETOPS180の認定は受けているものの双発機で飛びなれない洋上を長距離飛行することに不安があったのか、次大会のホスト国でもあるドイツが決勝進出したことでよほど気が急いたのか、残念ながらこの相乗りの背景にあるその辺りの詳細な事情が説明されることは一切なかった。
政府専用機の記念すべき「乗客」第一号となったのは1993年2月14日に訪米した渡辺外相兼副総理だった。ところが渡辺は風邪で体調を崩しており、腹の具合が悪かった。やがて機が巡航高度に達し、客室乗務担当の山川二等空曹が「大臣、お食事はいかがなさいますか」と訊ねると、もとより食欲などない渡辺の答えは「すり下ろしたリンゴと、卵酒をくれないか」というもの。和食にするか洋食にするかを訊ねたつもりだった山川は、この思いがけないリクエストに弱ってしまった。幸いリンゴは積んでいたものの、おろし金などあるはずもなく、また訪問先での検疫事情が詳らかでなかった当時は生卵を積んでいなかったのである。しかし副総理からのリクエスト、それも体調の良くない者のたっての願いに、「あいにく……」とは言えない。そこで山川は一計を案じ、リンゴを包丁でスライスしてから丹念に叩いてペースト状にし、また和食の朝食用に積んであった温泉卵の黄身を解きほぐしてこれでなんとか卵酒を仕立て上げた。
その甲斐あってか渡辺の体調はワシントンに着く頃には大分回復し、ホワイトハウスにおけるクリントン大統領・クリストファー国務長官との会談を無事にこなすことができた。渡辺は日本の市場開放を再三にわたって強く求められてもなんら具体的な約束を与えず、発足したばかりのクリントン新政権に対する「とりあえずのご挨拶」という訪米目的は無事達成された。
山川は帰路、渡辺夫人から今度は思いがけない品を受け取っている。おろし金である。夫の我侭に何の問題もないかのように対応してくれた山川に対する感謝の意を込めて、夫人が大使館を通じてわざわざ調達してくれた心づくしのプレゼントだった。
前述の通り政府専用機は、通常予備機を含めた2機体制で運行している。基本的に予備機は通常任務機に何らかの問題が発生した場合のみ使用されることとなっており、通常は乗客を乗せることはないが、時には特殊な事情で予備機にも乗客を乗せるケースがある。
2004年5月には、いわゆる北朝鮮による日本人拉致問題に関連して、2002年に日本に帰国していた蓮池薫夫妻・地村保志夫妻の子供5人を日本に帰国させる際に、予備機に5人が搭乗し帰国した例がある[21]。
2009年4月には、タイ中部のパタヤで開かれる予定だった東南アジア諸国連合(ASEAN)の会議に出席するため、麻生太郎首相が政府専用機でパタヤ入りしたが、反政府派による暴動のため会議が中止されたのみならず、タイ政府による非常事態宣言が出され安全確保に問題が生じる事態となったため、当初民間機で帰国する予定だった日本政府の関係職員らを急遽帰国させるために予備機が活用された。この際予備機には機内食などの用意がされていなかったため、麻生首相が自ら宿泊先のホテルからサンドイッチを手配して機内食代わりに差し入れたといったエピソードも生まれている[22]。
ボーイング747-400型機の国際線運航経験や整備技術力、日本の航空会社として最大の国際線ネットワークがなどが認められ、日本航空が政府専用機の国内外における運航ハンドリングおよび整備協力を運航先の世界各地において行っている。
また、政府専用機の整備作業や機内改装などの整備も同社とその系列会社が委託している他、政府専用機のうちの1機が整備などで使用できない場合は、日本航空の機材を予備機として提供している[23]。
政府専用機とほぼ同時期に購入したアエロスパシアルAS332Lヘリコプター(陸上自衛隊運用・現在新機種のEC225LPへ更新中)があり、近・中距離移動に用いられている。また航空自衛隊の多用途支援機U-4(ガルフストリーム IV)も国内の高速移動に使用されている。なお、このU-4であるが2008年8月には当時の福田首相が8日に北京オリンピックの開催式に出席後、9日の長崎原爆の日の平和式典に出席する日程であったことから、深夜の日中間を移動する手段として使われたことがある[24]。
アメリカやEU、ロシアなどの航空機製造国は自国の新造機を政府専用機としているが、その他多くの国ではボーイング・ビジネス・ジェットやエアバス・コーポレート・ジェットなどの中型機を導入するか、民間からボーイング757やボーイング727などの中古の中・小型機、もしくはボーイング747-SPなどの中古のワイドボディ機を買い上げて改造する例も多く、ボーイング747-400やエアバスA340など、非常に高価なワイドボディ新型機を新規に購入した例は、日本やブルネイなど、極僅かな国のみである。
また近年において中・小型機の航続距離、双発機(ボーイング737・ボーイング777・エアバスA330など)の燃費やETOPSなどが飛躍的に向上した結果、短い滑走路を持つ地方の空港からでも容易に離着陸できる小振りの機種の方が汎用性の面においてより優れた選択肢となった[25]ことも、こうした政府専用機小型化傾向の背景となっている。
実際、ボーイング747が安全な離着陸を行うためには最低でも2500〜2750mの滑走路が必要で、そのような長い滑走路を持つのは大都市の国際空港や空軍基地にほぼ限られてしまうことから大型機では運用が中途半端なものとなり、警備上の問題、経済性の低さなどが指摘されるようになっている[26][27][28]。その点、ボーイング737-600以降の新型機種などでは通常2000mの滑走路もあれば余裕を持って離着陸できるため、運用できる空港が非常に多くなる利点がある。
2008年(平成20年)10月17日付の産経新聞によると、三菱重工業が国内産小型旅客機として開発中のMRJを10機発注する模様。MRJはボーイング737よりさらに小型で燃料効率がよく、また開発に関して国が補助金を出していることから販売を促進する目的も兼ねている。
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