公明党
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日本の政党
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公明党
NEW KOMEITO
(New Clean Government Party) |
| 代表 |
太田昭宏 |
| 代表代行 |
浜四津敏子 |
| 幹事長 |
北側一雄 |
| 参議院議員会長 |
白浜一良 |
| 成立年月日 |
1964年11月17日 |
| 本部所在地 |
〒160-0012
東京都新宿区南元町17 |
| 衆議院(下院) |
31 / 480 (6%)
(2006年1月20現在) |
| 参議院(上院) |
21 / 242 (9%)
(2007年10月31日現在) |
| 党員・党友数 |
426,837
(2006年政治資金収支報告書) |
| 政治的思想・立場 |
中道主義(中道左派) |
| 政党交付金 |
27億2,500万 円
(2009年1月現在) |
| 公式サイト |
公明党ホームページ |
| シンボル |
太陽 |
| 表・話・編・歴 |
公明党(こうめいとう、略称:公明、NEW KOMEITO、"NK"またはNew Clean Government Party、"NCGP")は、日本の政党。
日蓮正宗系の新宗教団体である「創価学会」を主な支持母体としている[1][2]。
- 1964年、衆議院進出を目指し、「公明政治連盟」が結成される。英文名称は"THE KOMEITO"。
- 1964年、「公明政治連盟」を改組し、宗教政党[3]「公明党」を設立。[4]
- 1994年、12月5日 「公明党」を解散し、「公明新党」(衆議院議員と1995年改選期の参議院議員)と「公明」(1998年改選期の参議院議員と地方議員)に分党。同年12月10日、公明新党は新に結党された新進党へ合流。「公明」はそのまま存続。
- 1998年、新進党の解散に伴い、旧公明党系の「新党平和」・「黎明クラブ」・「公明」が合流し、「公明党」を再結成。英字名称はNEW KOMEITOとなった。
概要
創価学会第2代会長の戸田城聖が創価学会の政界進出を目指し、1955年 の統一地方選挙や、翌1956年の第4回参議院議員通常選挙で創価学会信者を当選させた[5]。1962年には政党「公明政治連盟」を設立。第6回参議院議員通常選挙で民社党を追い越して第3党となった。戸田の後を継いだ創価学会第3代会長(当時)の池田大作が、1964年に「公明政治連盟」を改組して「公明党」を設立。1963年の統一地方選挙で1000人を越える地方議員を誕生させるなど急成長し、1967年の第31回衆議院議員総選挙で25議席を獲得しついに衆議院に進出した。結成当初は「王仏冥合」・「仏法民主主義」を基本理念とすることを謳うなど、宗教的な目的を前面に打ち出していた[3]。
1969年から1970年にかけて、創価学会と公明党が自らを批判する書籍の出版・流通を阻止するために働きかけていた(「言論出版妨害事件」)ことが公になり、「言論の自由」を侵すものだとして社会的批判を受けた。この問題の中で、創価学会と公明党との密接な関係が憲法に規定された「政教分離原則」に反するという批判も強くなり国会でも議論されるようになった。国会での追及が高まる中、池田大作が公明党と創価学会を制度的に明確に分離することを明言し、「日蓮正宗の国教化」と誤解されやすい「国立戒壇」という表現は将来ともに使わないこと、「国立戒壇」を国会で議決することを目標にしないことなどを約束し、党の綱領から「王仏冥合」、「仏法民主主義」などの用語を削減するなど、宗教色を控える方針転換を図った。
これ以降、自由民主党と日本社会党の2大政党がしのぎを削っていた「55年体制」の中にあって、保守でも革新でもない「中道路線」の立場で、福祉と平和を最重要の政策とし、大衆のための政治をアピールする。1973年以降、社公民を軸とする「反自民」の「中道革新連合政権構想」を提唱したが、1970年代後半に、地方の首長選では自公民の選挙協力を取るようになる。1974年には支持母体である創価学会が長らく対立を続けてきた「日本共産党」との間で相互不干渉を約束する、いわゆる「創共協定」を結ぶが、党内の反発が強くなり、1年ほどで死文化してしまう。以降は共産党に対する批判は続いている[6]。
長らく中道路線を取ってきたが、1990年代には政策面で保守に近づき、自衛隊の海外派遣を認める「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」(PKO法)制定に賛成して外交政策を転換した。
1993年には、38年間続いた自民党支配を打ち破った非自民の細川連立政権に参加し、結党以来初めて与党の側につき、郵政大臣、労働大臣、総務庁長官、環境庁長官などの国務大臣のポストを得る。 1995年の「宗教法人法」改正をめぐり、池田の参考人招致を決議しようとする自民党に対し、国会でピケを張り、座り込みなどの実力行使で阻止した。1999年からは単独で過半数を得ることが困難になった自民党(小渕内閣)の要請を受け、連立に参加。その後も森内閣から麻生内閣に至るまで自民党と連立を組んでいる。
かねてから護憲の立場の「平和の党」、庶民の立場に立つ「福祉の党」を自称しアピールして来たが、少なくない障害者関係団体が反対する中で、障害者自立支援法や医療制度改革、自衛隊イラク派遣などを自民党と共に進めたことに対しては支持者の中にも批判の声がある。また、選挙期間における創価学会信者の熱心な選挙活動や投票依頼などもあり、「政教一致」問題に対しては依然として根強い批判がある。しかし、無党派層が増え、政党の支持基盤の弱まっている中で、支持母体である創価学会による安定した固定票を持つ公明党は、政権を左右するキャスティング・ボートを握っていると言われる[3]。 現在の党のキャッチコピーは「未来に責任を持つ政治」である。
沿革
- 秋 創価学会の第2代会長戸田城聖が文化部を設置し、選挙の出馬予定者を部員に任命[7]。
- 11月 統一地方選挙に創価学会の「文化部」所属の信者が出馬[8][9]。東京23区の区議に32人、全国で計53人が当選[10]。
- 7月 第4回参議院議員通常選挙で3名が当選。
- 8月 戸田が創価学会機関紙『大白蓮華』63号に「王仏冥合論」を執筆し、創価学会の政治進出を理論づける[7]。
- 6月27日 大阪府警が参議院大阪地方区の補欠選挙における公職選挙法違反の疑いで創価学会本部の理事長・小泉隆を逮捕。同年7月4日には創価学会渉外部長(当時)池田大作が信者に戸別訪問を指示した疑いで逮捕、起訴される。(「大阪事件、関わった創価学会信者は公民権停止や罰金が言い渡されたが、小泉・池田の両名は無罪となった)
- 6月 第5回参議院議員通常選挙で6人の候補全員が当選し、参議院の総議席数は9議席に。
- 11月27日 創価学会の第3代会長となった池田が政党「公明政治連盟」を発足(委員長:原島宏治、副委員長:北条浩、書記長:龍年光)。
- 7月 第6回参議院議員通常選挙において9人の候補全員が当選。参議院の総議席数は前回より6議席増の15議席になったことで院内交渉団体の資格を得る[11]。自民党、社会党に次ぐ第三党となる。
- 東京都知事選挙で、自民党が推薦する東龍太郎を支援[7]。
- 11月17日 「公明政治連盟」を改組し、「公明党」を設立。結党宣言は、「公明党は、王仏冥合・仏法民主主義を基本理念として、日本の政界を根本的に浄化し、(中略)大衆福祉の実現をはかるものである」[12]。(この結党時において、参議院では15議席、地方議会には1200余人の議員を有していた)。
- 池田が『政治と宗教』(鳳書院)を出版。「王仏冥合」の理念をベースした政治論を訴える[7]。
- 7月4日 第7回参議院議員通常選挙において14人の候補中、11人が当選し、参議院の総議席数は前回より5議席増の20議席に。
- 7月 和泉覚が参議院法務委員長に就任し、公明党所属議員初の国会委員長になる。
- 衆議院選挙直前に、池田が「憲法擁護」、「大衆福祉」、「安保の段階的解消」などを含む公明党の方針を公表[7]。
- 1月 第31回衆議院議員総選挙で一挙に25議席を獲得し、衆議院に初進出。その後の党人事で衆議院議員の竹入義勝と矢野絢也がそれぞれ委員長と書記長に就任。党の比重を衆議院に重きを置くようになる。
- 9月8日 日本大学講堂における創価学会学生部総会において池田会長が日中国交正常化を提言。
- 12月 「言論出版妨害事件」を巡り、「政教一致」に対する社会的批判を受ける。
- 12月27日 第32回衆議院議員総選挙では47議席を獲得し、民社党(31議席)を抜き、日本社会党(90議席)に次ぐ野党第2党に躍進する。
- 5月3日 日本大学講堂(旧両国国技館)における創価学会第33回本部総会において池田会長が「言論出版妨害事件」について謝罪。「国立戒壇」の教義の撤回、創価学会と公明党の役職の分離などを表明[7]。
- 矢野が社会党書記長の江田三郎、民社党書記長の佐々木良作らと共に、社公民連合政権構想による『新しい日本を作る会』を結成。
- 6月27日 第9回参議院議員通常選挙において10人の候補中、10人が当選し、参議院の総議席数は前回により3議席増の23議席に。
- 第一次訪中団を派遣[7]。日中復交五原則を提案。
- 6月 竹入を団長とする訪朝団が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問。北朝鮮首相金日成との共同声明で、チュチェ思想を指針として、社会主義建設で大きな進歩をとげたことを賛美[13]。
- 3月 竹入が東京都知事美濃部亮吉と会談し、都議会における与党入りに合意[7]。
- 9月 「中道革新連合政権構想」を発表、「日米安保即時廃棄」に路線転換[7]。
- 10月 創価学会と日本共産党の間で「創共協定」が締結。
- 7月 公表された「創共協定」に異を唱える。
- 民社党との公民連合政権構想に合意。
- 10月の衆院選において、「日本社会党」、「民社党」、「連合の会」、新自由クラブの4党と選挙協力し、自民党を過半数割れに追い込む。
- 12月 民社党と「中道連合政権構想」で合意[7]。
- 1月 社会党と「連合政権構想」で合意[7]。
- 6月22ひ 第12回参議院議員通常選挙において14人の候補中、12人が当選し、参議院の総議席数は前回により2議席増の26議席に。
- 8月25日〜8月9日 竹入を団長とする代表団が大韓民国を初訪問。大統領全斗煥をはじめ政府首脳と会談。
- 12月 「日米安保存続」と「自衛隊の条件付合憲」に政策転換[7]。
- 6月22日 第13回参議院議員通常選挙において23人の候補中、14人が当選し、参議院の総議席数は前回により11議席増の37議席に。
- 10月 自民党総裁選挙における二階堂進擁立に矢野らが協力[7]。
- 7月6日 第14回参議院議員通常選挙において21人の候補中、10人が当選し、参議院の総議席数は前回により11議席増の24議席に。
- 12月 委員長に矢野絢也、書記長に大久保直彦が就任[7]。
- 委員長に石田幸四郎、書記長に市川雄一が就任[7]。
- 4月 「4野党連合政権協議」を凍結[7]。
- 2月 湾岸戦争に対する90億ドルの追加支援に賛成[7]。
- 4月 1991年東京都知事選挙において、自民党と共に磯村尚徳を擁立したが、自民党都連が推した現職の鈴木俊一に敗北[7]。
- 6月 PKO協力法成立に協力[7]。
- 7月 第16回参議院議員通常選挙において一部の選挙区で初めて自民党と選挙協力を行なう。
- 8月 細川護熙内閣の非自民連立政権に4人が入閣。
- 6月 村山内閣の成立により、野党に転落。
- 12月4日 参議院特別委員会に創価学会第5代会長の秋谷栄之助が参考人として出席。「政治に大衆の声を反映していく政治の実現を願って公明党の支援をして来た」、「政党が政権を目指すというのは当然のこと」、「政治によって何か利益を得るとか政治の力を借りて布教をするとか、自分達の宗教を国教化しようなどということは毛頭考えていない」などと述べる[14]。
- 12月5日 「公明党」を解散し、「公明新党」と「公明」に分党。
- 12月10日 公明新党が新進党へ合流。
- 1月18日 自民党が運動方針の中に、「いま、わが国の政治にとって最も憂うべきは、宗教団体・創価学会が新進党という政党の皮をかぶって国民を欺き、政治の権力を握ろうと画策していることである」という内容を盛り込む[15]。
- 5月 公明党議員らが新進党内に党内グループ「公友会」を設立[16]
- 7月12日 第18回参議院議員通常選挙において9人の候補が当選し、議席数は前回と同数の22議席に。
- 7月30日 首班指名選挙において、民主党代表、菅直人に投票。
- 11月7日 「公明」と「新党平和」が合流し、「公明党」を再結成。
- 自由民主党と自由党の連立政権に加わる。
- 11月 第43回衆議院議員総選挙で初の「マニフェスト」を発表。
- 6月19日 20年前に、公明党の資金を横領して妻に指輪を購入したとして、元委員長竹入義勝に対し、550万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴。
- 9月22日 首相就任直前の安倍晋三が池田と極秘裏に東京都内の創価学会の施設で会談し、次回の参院選での公明党や創価学会の協力を要請し、池田は協力を約束したと日経・毎日・朝日・読売の各紙、『週刊文春』が詳細を報じた[17]
[18]
- 9月30日 第6回公明党全国大会において、公明党代表に太田昭宏、幹事長に北側一雄が就任。新宣言を発表[19]。
- 2月9日 公費を使って海外を視察した公明党福岡市議団が、大半の文章をウェブサイトから盗作して視察報告書を作成し提出していたことが発覚[20]、公明党福岡市議団は報告書を翌月再提出し公費負担の視察の自粛を表明。
- 4月12日 太田が都内で中華人民共和国首相の温家宝と会談。日中両国の首脳の対話を願って来たことを語る。同日、創価学会名誉会長・池田大作も温と会談。
- 10月16日 民主党参議院議員石井一が参議院予算委員会にて公明党と創価学会の関係を追及。
- 1月13日 太田が第44回衆議院議員総選挙にて選挙カーの給油量を水増しして申請し東京都選挙管理委員会から燃料代を不正に受け取っていたことが発覚[21]、翌日、太田が事実を認め謝罪[22]。
- 9月16日 公明党代表選で太田が無投票で再選[23]。
組織
- 最高議決機関は党大会で代表を選出し、活動方針、重要政策、綱領及び規約の改正、予算決算など重要案件を決定する。大会が開かれていない間は代表者会議が大会の権限を代行する。国会議員は両院議員総会を作る。党の最高執行機関は中央幹事会で、代表、副代表、幹事長を置く。代表以外の主要役員は代表が指名してから大会の承認を得ることになっており、より下級の役員は上からの指名によるので、規約上は代表の権限が強い。
- 「言論出版妨害事件」以降、党組織の一定の改革もなされ、中央幹部会を議決機関の中央委員会と執行機関の中央執行委員会への分離と党大会代議員の下部からの選出等が行われたが、依然として創価学会が強い指導権を持っていると見られる。
- 党本部は東京都新宿区南元町の公明会館にあり、各都道府県に県本部などを持つ。機関紙『公明新聞』を発行。(部数は公称80万部)。
人事
- 2年に一度開催される全国大会で、代議員によって公明党代表が選出されることになっているが、結党以来、委員長・代表などの交代に際に対立候補が出たことはこれまで一度もない[24]。選出された代表が幹事長、代表代行、副代表などを指名。党本部の役員その他の人事については、中央幹事会で決定・承認される。
- 創設者である池田大作はこれまで、党員にも、党の役員にもなったことはない[25]。
政策
憲法
- 池田が、1999年に提言した「首相公選制」を2001年の参議院選挙の公約に盛り込むことを内定していたが、内閣法制局が憲法改正必要との見解を示したことを受けて、見送った。[26]。
- 憲法改正論議について、党内には改正論と慎重論の2つがあり、結局党がまとめた案は自民党や民主党とは違い憲法9条は1項、2項とも堅持し、その上で第3項を加えるという「加憲」であった。
- 依然として党内では9条は一切変えず、その他の条文を変えるといった声も強い。これは創価学会の初代会長と2代目会長が治安維持法で逮捕され、初代会長が獄死した過去があり、戦前復古的な改憲には否定的に考える事情があるためとされる。[要出典]
安全保障
- 公明党結成時の1964年においては「発展的解消」を主張。昭和40年代には「段階的解消」、「早期解消」を主張。「創共協定」締結直前の1974年1月の中央委員会では「即時解消」。「創共協定」が党内の反対を受けが空文化し始めた1975年10月には事実上の存続を認める「合意廃棄」と軟化し、1978年1月の第15回公明党大会で、日米安保、自衛隊、原子力発電を容認することを表明した[25]。
治安
- 共謀罪法案成立に賛成の立場をとる。2006年5月19日、自民党と共に衆議院法務委員会で共謀罪法案を強行採決する姿勢を見せていたが、採決は見送られた。
- 2005年に韓国人への観光ビザ免除恒久化を実現し、現在は全ての中国人への観光ビザ免除恒久化を目指している。
外交
- 日韓関係の発展を目指しており、日本国が韓国と領有権問題で対立している竹島に関しては、軋轢を避けるため消極的な対応しか行っていないが、在日韓国・朝鮮人から要請されている在日コリアンへの参政権付与については、非常に積極的に推進をしている。[27]
- 日中善隣友好協力関係の発展を重視しており、日中関係は最も重要な2国間関係であるとしている[28]。日中国交回復における“橋渡し役”を果たしたと自負している。
- 北朝鮮の崩壊に対応するため『難民政策プロジェクトチーム』を発足させ、難民が日本に定住できるように検討を始している。[要出典]
福祉
行政
- 国と地方の公務員の1割削減や予算の重点化・効率化による公共事業費の縮減、国家公務員の天下り管理、退職金の受給制限などを党としては提案しているが、国土交通省大臣である冬柴鐵三は、独立行政法人の改革を推進する自民党の渡辺喜美行政改革担当と対立している。渡辺が所管法人の廃止・民営化などで協力を求めているのに対して、公明党は法人の民営化を拒否する「ゼロ回答」を行うことで、行政改革への反対を鮮明にしている。
- 「外国人参政権」を与えることに賛成。
- 公明党は参議院の「法務委員長」のポストを40年以上、東京都議会の「警察・消防委員会」のポストも40年以上に渡り独占している[29][30]。
税制
教育
- 教育基本法改正において、「愛国心」という言葉を盛り込むことに反対した。自民党案の「郷土と国を愛し」という文言に対し、「戦前の国粋主義を連想させる」などと反対し、「郷土と国を大切にし」との表現を主張した。
人権
選挙
- 連立を組む自民党との選挙協力で、自民党の候補者が自らの選挙区で、「比例は公明党へ」と 呼びかけるという選挙戦術を取るが、これには批判もある。
- 中選挙区制の復活を提唱。1999年の自民党・自由党との連立政権合意事項の中に中選挙区制復活の余地を残す文言が盛り込まれた[31]。
経済
- 経済政策は、国会に議席を有する政党の中では、最もケインズ経済学に近い。
- 2008年後半から深刻になった日本経済に対して、ゼロ金利や量的緩和も視野に入れた金融政策や、大規模な財政出動など政策を総動員していく必要性を強調した。[32]
論議のある問題
創価学会との関係、政教分離問題
草創期から創価学会と一体となった活動から、憲法に定めた「政教分離原則」に反した“政教一致”だという批判があり、1970年以降の制度的分離を行なって以降も、同様な批判は根強くある。(日本国憲法の定める「政教分離」とは、国家の宗教的中立性を定めたもので、宗教団体の政治活動を否定したものではない、ということには留意を要する。[33])
- 政教分離を明言した1970年5月3日の池田会長(当時)の 講演では、「創価学会の役職を兼任している公明党議員では創価学会の役職は段階的にはずすなど、創価学会と公明党を制度の上で明確に分離していく」、「会員個人の政党支持について、会員の自由意思には、全く干渉しない」、「選挙活動は党組織の仕事とし、創価学会は支持団体として『地域ごとの応援』をする」ことなどの方針を明らかにした。同年の党大会では政教一致を意味すると見られてきた「王仏冥合」という言葉を党綱領から削除した。
- 公明党の元委員長の竹入義勝は1998年9月、『朝日新聞』に連載した回顧録、『秘話・55年体制のはざまで』において、「公明党・創価学会の関係は環状線で互いに結ばれているのではなくて、一方的に発射される放射線関係でしかなかったように思う。」、「委員長を引き受けるときから人事権は(創価)学会にあると、明確にされていた」、「公明党は財政、組織の上で創価学会に従属していた。」などと述べた[10]。この連載の直後、機関紙「公明新聞」で『竹入義勝の謀略と欺瞞』と題する連載で反論と竹入批判を始めた[10]。
- 1993年、細川内閣発足前日に公明党が大臣ポストを獲得したと池田が発言したことで、池田が細川内閣の人事に影響力を及ぼしているのではと国会で問題となる[34][35][14]。
- 羽田内閣で総務庁長官を務めていた公明党委員長の石田幸四郎は国会で、公明党の最高人事は池田名誉会長の意向、指示で決まるのかとの質問に、「公明党の人事は公明党でやっており、池田からの指示はない」、「人事、政策というのは党大会を通して決める」と答弁した[36]。
- 内閣法制局は「政教分離原則は宗教団体が政治的活動をすることを規制しているものではない」旨の答弁をしている[37]。
- 選挙期間になると、創価学会信者が組織的に選挙活動に動員され、創価学会の関連施設が活用されることに対し、国会で幾度か問題視されたことがある[38]。
- 1999年7月12日、自民党官房長官(当時)、野中広務が「公明党は政教分離した政党として脱皮しつつある」と記者会見で発言[25]。
- 池田は、マハトマ・ガンディーらなどの言葉を引用し、「政治と宗教が切り離されてしまえば、政治は壊れていく。」という趣旨の言葉を、創価学園の卒業式で発言している。
フェミニズム男女共同参画勢力との関係
公明党は近年、フェミニズム男女参画勢力との関係を強めている。内閣府男女共同参画局や各自治体の男女共同参画課の施策に対して、巨額の予算(国政だけで10兆円を超える)を獲得することに主導的な役割を果たしており、連立政権を組む自民党に対し何らかの譲歩をした場合、その見返りとして、多くの場合真っ先にフェミニズム関連予算の増額を要求している。また政策においても内閣府男女共同参画局や各省庁からの出向メンバーによるフェミニズム関連の政策を強力に後押ししている[39]。さらに、人権擁護法を同和関係者やフェミニズム勢力と合同起草した経緯があり、その法案成立に向けて画策している。
マニフェストと実際の政策の矛盾
公明党は「福祉の党」を自負しており、子供・女性・高齢者・在日韓国・朝鮮人の福祉の充実に力を入れている。また、環境対策もマニフェストの中に掲げている。ところが、新聞等の投書でもよく取り上げられる道路特定財源を福祉に使うべきとの意見には公明党は腰が重い。それどころか、世界金融危機後の景気刺激策として自民党とともに高速道路土休日1000円乗り放題を打ち出し2009年3月に決定したが、これは渋滞の激化を助長させ公共交通機関からマイカーへのシフトを促しCO2排出を増大させる可能性のあるもので、本当に環境を考えた対策かと疑いたくなる。更に追加の景気対策として高速道路建設拡大を打ち出しており更なるモータリゼーション進展を狙っている。それに対して、鉄道をはじめとする公共交通機関の整備は党としては消極的で、女性専用車両の導入を推進したことくらいであり、今後の交通政策でも党としては公共交通機関の整備は事実上無視された形になっており、子供や高齢者に多い交通弱者への配慮が欠けた形となっている。これは連立を組む自民党とのパイプ役に道路族のドン・古賀誠がいる事と、国土交通大臣に北側一雄、冬柴鉄三を選出しておりその権益の為、国土交通省には口出ししにくい点が挙げられる。
また、「ムダづかいの排除」もマニフェストに挙げているが、実際には前述の通り男女共同参画関係には巨額の予算を費やしており、その証拠に全国各地にシティホテル顔負けの設備である男女共同参画センターが相次いで建てられている(例:ウィルあいち(愛知県の男女共同参画センター)など)。マスメディアもそのムダづかいについては公明党に遠慮してかほとんど報じられることはない。また、地域振興券やフェミニズム関連予算そして高速道路料金大幅引き下げなど予算バラマキ政策を重視した結果、国の借金は1998年の約395兆円に対して2008年は約849兆円と実に2倍以上にも膨れ上がった[40]。
その一方で、サラリーマンへは上記の財源を確保するためか冷遇路線を貫いており、健康保険の本人負担増(2割 → 3割)を実施させ、サラリーマンに対する増税への支持、さらにはホワイトカラーエグゼンプションの支持[41]を表明してきた。また、過労死や自殺の問題についても票にならないためか公明党は大きくは取り上げなかった。
その他の問題
- 2000年夏、東京都内の公明党所属の区議会議員が区議会において、公明党と創価学会の批判を載せている雑誌の排除を要求していたことが明らかになり問題となる。大田区議会では2001年3月13日、「週刊誌は人のことを中傷している」、「私は不愉快だから何とかしてもらいたい」として「『週刊新潮』、『週刊文春』、『文藝春秋』を大田区の全図書館から排除してもらいたい」と要求した[16]。中央区では、同年3月の区議会で、区立図書館に公明党と創価学会を批判した本が多数あることに言及し、図書の選定を問題にし、「図書館の職員の適切な人事異動をしていただきたい」と要求した。4年前の1997年3月7日にも別の公明党の区議が区議会で「図書館、区の施設、待合室、ロビーなどに置いてある暴力的、人権侵害の週刊誌はき然として排斥するべきだ」と求め、中央区は出版社系雑誌の購入を止め、雑誌コーナーを失くしていた。[42][43][44]
エピソード
- 公明党結成当時、自治省は違反をしないクリーンな選挙を「公明選挙」という言葉で呼びかけていたが、公明党の結成によりこの言葉を使えなくなった[10]。
- 2007年春-公明党新潟県連が日本共産党を事実と異なる誹謗中傷をする新聞折り込み広告を配布した。「公明党の統一選重点政策」という欄のトピックスという所に、「北朝鮮を地上の楽園と大賛美したのは共産党。拉致問題では言い逃れをした」[45]、「共産党が単独与党で市長も共産党員の東京都狛江市の財政は首都圏ワースト1」[46]などとデマを流した。
- 党のホームページにおける「選挙速報」で、まず公明党候補者の当選を伝えた後、日本共産党の議席が増加または現状維持の場合は何も触れずに前回選挙時との各党派別当選者を単に伝えるが、共産党の議席が減少した場合は「共産は1議席減らした。」「共産は議席を失った。」と伝える。
公明党中央幹事会・執行部役員表
歴代の公明党執行部役員表
第1期(公明党中央執行委員会)
第2期(公明党中央幹事会)
公明党関連政党の執行部役員表
公明新党
公明中央幹事会
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新党平和中央幹事会
黎明クラブ
公明党の政権ポスト
()内の肩書きは、入閣前の党内ポスト。
- 細川護煕内閣
- 閣僚
- 政務次官
- 外務政務次官・東祥三
- 大蔵政務次官・北側一雄
- 通商産業政務次官・遠藤乙彦
- 自治政務次官・冬柴鐵三
- 防衛政務次官・山口那津男
- 羽田孜内閣
- 閣僚
- 運輸大臣・二見伸明(中央執行副委員長)
- 郵政大臣・日笠勝之(政策審議会長)
- 建設大臣・森本晃司(国会対策委員長)
- 総務庁長官・石田幸四郎(中央執行委員長)
- 科学技術庁長官・近江巳記夫(中央執行副委員長)
- 環境庁長官・浜四津敏子
- 政務次官
- 外務政務次官・平田米男
- 大蔵政務次官・石田祝稔
- 通商産業政務次官・木庭健太郎 参議院
- 労働政務次官・河上丈雄
- 自治政務次官・倉田栄喜
- 防衛政務次官・東順治
- 第2次森喜朗内閣
- 閣僚
- 政務次官
- 法務政務次官・上田勇
- 外務政務次官・荒木清寛
- 厚生政務次官・福島豊
- 環境政務次官・河合正智
- 沖縄開発政務次官・白保台一
- 第2次森喜朗内閣改造内閣(中央省庁再編後)・第1次小泉純一郎内閣
- 閣僚
- 副大臣
- 総務副大臣・遠藤和良-若松謙維【2002年1月8日】
- 外務副大臣・荒木清寛
- 厚生労働副大臣・桝屋啓吾
- 環境副大臣・風間昶-山下栄一【2002年1月8日】
- 大臣政務官
- 総務大臣政務官・山名靖英
- 外務大臣政務官・丸谷佳織
- 文部科学大臣政務官・池坊保子
- 国土交通大臣政務官・高木陽介【2002年1月8日】
- 第1次小泉純一郎内閣第2次改造内閣
- 閣僚
- 副大臣
- 総務副大臣・若松謙維-田端正広【2003年9月30日】
- 財務副大臣・谷口隆義-石井啓一【2003年9月30日】
- 環境副大臣・弘友和夫-加藤修一【2003年9月30日】
- 大臣政務官
- 文部科学大臣政務官・池坊保子
- 農林水産大臣政務官・渡辺孝男
- 国土交通大臣政務官・高木陽介
- 第2次小泉純一郎内閣
- 閣僚
- 副大臣
- 総務副大臣・田端正広
- 財務副大臣・石井啓一
- 環境副大臣・加藤修一
- 大臣政務官
- 農林水産大臣政務官・福本潤一
- 経済産業大臣政務官・江田康幸
- 国土交通大臣政務官・佐藤茂樹
- 第2次小泉純一郎改造内閣・第3次小泉純一郎内閣
- 閣僚
- 副大臣
- 法務副大臣・富田茂之【2005年9月23日】
- 財務副大臣・上田勇
- 厚生労働副大臣・西博義
- 環境副大臣・高野博師
- 大臣政務官
- 総務大臣政務官・山本保
- 法務大臣政務官・富田茂之【2005年9月23日】
- 農林水産大臣政務官・大口善徳
- 第3次小泉純一郎内閣改造内閣
- 閣僚
- 副大臣
- 財務副大臣・赤羽一嘉
- 厚生労働副大臣・赤松正雄
- 経済産業副大臣・松あきら
- 環境副大臣・江田康幸
- 大臣政務官
- 総務大臣政務官・古屋範子
- 外務大臣政務官・遠山清彦
- 安倍晋三内閣
- 閣僚
- 副大臣
- 財務副大臣・富田茂之
- 文部科学副大臣・池坊靖子
- 厚生労働副大臣・石田祝稔
- 政務官
- 総務大臣政務官・谷口和史
- 外務大臣政務官・浜田昌良
- 経済産業大臣政務官・高木美智代
党勢の推移
衆議院
参議院
(参考文献:石川真澄(一部山口二郎による加筆)『戦後政治史』2004年8月、岩波書店・岩波新書、ISBN 4-00-430904-2)
- 当選者に追加公認は含まず。追加公認には会派に加わった無所属を含む。
- 第4回、5回参議院通常選挙は、結党前で創価学会組織内無所属の実績。
- 第6回参議院通常選挙は、「公明政治連盟」の実績。
- 第17回、18回参議院通常選挙は、「公明」の実績。
- 『戦後政治史』にない追加公認は2 国会議員会派別議員数の推移(召集日ベース)(衆議院、2003年まで)1 各会派所属議員数及び役員一覧(衆議院、2005年)、(2) 参議院(2002年まで)(2) 参議院(2004年まで)にある、選挙直後の国会召集日の会派所属者数から判断した。ただし、第20回通常選挙直後の召集はない。
結成当初の国会議員一覧
結成時の参議院議員
衆議院進出時
政党交付金
2006年現在の政党交付金
関連項目
脚注
外部リンク
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墓地公園・墓苑
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戸田記念墓地公園 - 東北池田記念墓地公園 - みちのく池田記念墓地公園 - ひたち平和記念墓地公園 - 富士桜自然墓地公園 - 中部池田記念墓地公園 - 関西池田記念墓地公園 - 中国平和記念墓地公園 - 山光平和記念墓地公園 - 四国池田記念墓地公園 - 九州池田記念墓地公園 - 沖縄平和記念墓地公園 - はるな平和墓苑
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納骨堂
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長期収蔵型
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東北十和田多宝納骨堂 - 富士桜多宝納骨堂 - 中部多宝納骨堂 - 関西白浜平和納骨堂 - 九州多宝納骨堂 - はるな平和納骨堂
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永久収蔵型
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戸田常楽納骨堂 - 東北常楽納骨堂 - みちのく常楽納骨堂 - ひたち常楽納骨堂 - 富士桜常楽納骨堂 - 中部常楽納骨堂 - 北陸常楽納骨堂 - 関西常楽納骨堂 - 中国常楽納骨堂 - 山光常楽納骨堂 - 四国常楽納骨堂 - 福岡常楽納骨堂 - 九州常楽納骨堂 - 沖縄常楽納骨堂 - はるな常楽納骨堂
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創価大学系列
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創価学園系列
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海外
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アメリカ創価大学 - インド創価池田女子大学 - 中国楼園創価友誼小学校 - 中国潮山創価友誼小学校 - ブラジル創価幼稚園 - 香港創価幼稚園 - マレーシア創価幼稚園 - シンガポール創価幼稚園
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| 関連企業 |
潮出版社 - 第三文明社 - 鳳書院 - 東西哲学書院 - 東弘 - 日本図書輸送 - 日栄 (日本図書輸送) - 日光警備保障 - 信濃施設管理 - 創造社 - 栄光建設 - 富士白蓮社 - 金剛堂
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集会施設 |
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| 集会施設 |
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講堂
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北海道池田講堂 - 東北池田講堂 - 葛飾平和講堂 - 城東平和講堂 - 東京戸田記念講堂 - 東京上野平和講堂 - 東京池田記念講堂 - 長岡平和講堂 - 中部池田記念講堂 - 大阪平和講堂 - 関西戸田記念講堂 - 守口平和講堂 - 堺池田講堂 - 西宮平和講堂 - 尼崎平和講堂 - 九州講堂 - 牧口久留米講堂
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研修道場
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東北研修道場 - 福島研修道場 - 長野研修道場 - 長野青年研修道場 - 北陸研修道場 - 21世紀研修道場 - 三重研修道場 - 滋賀研修道場 - 関西研修道場 - 福岡研修道場 - 宮崎研修道場 - 沖縄研修道場
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会館
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北海道・東北
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北海道文化会館 - 北海道国際女性会館 - 青森文化会館 - 八戸文化会館 - 岩手文化会館 - 水沢文化会館 - 釜石文化会館 - 秋田文化会館 - 横手文化会館 - 東北文化会館 - 仙南文化会館 - 古川文化会館 - 新山形文化会館 - 鶴岡文化会館 - 福島文化会館
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関東・東海道
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茨城文化会館 - 栃木平和会館 - 群馬文化会館 - 埼玉文化会館 - 千葉文化会館 - 足立平和会館 - 江東文化会館 - 墨田文化会館 - 荒川文化会館 - 北平和会館 - 板橋文化会館 - 文京平和会館 - 中央文化会館 - 千代田文化会館 - 文京平和会館 - 新宿池田文化会館 - 麻布文化会館 - 渋谷平和会館 - 中野文化会館 - 城西平和講堂 - 杉並文化会館 - 目黒国際文化会館 - 品川文化会館 - 大田池田文化会館 - 神奈川文化会館 - 山梨文化会館
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信越・北陸
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新潟文化会館 - 十日町文化会館 - 松本平和会館 - 長野文化会館 - 上田平和会館 - 伊那会館 - 富山文化会館 - 石川文化会館 - 静岡文化会館
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中部
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中部池田記念会館 - 中部国際女性会館 - 中部平和会館 - 知多文化会館 - 一宮文化会館 - 春日井文化会館 - 岡崎文化会館 - 豊橋文化会館 - 四日市文化会館 - 三重文化会館 - 松阪文化会館 - 岐阜文化会館 - 関文化会館 - 東濃文化会館
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関西
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滋賀文化会館 - 京都国際文化会館 - 伏見平和会館 - 右京文化会館 - 福知山文化会館 - 関西池田記念会館 - 西成文化会館 - 大阪中央文化会館 - 東住吉文化会館 - 都島文化会館 - 吹田文化会館 - 京阪文化会館 - 東大阪文化会館 - 松原文化会館 - 泉州文化会館 - 兵庫文化会館 - 垂水文化会館 - 姫路文化会館 - 加古川文化会館 - 豊岡文化会館 - 淡路島文化会館 - 奈良国際友好会館 - 明日香文化会館 - 和歌山文化会館 - 福井文化会館
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中国・四国
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米子文化会館 - 島根文化会館 - 岡山文化会館 - 広島池田平和記念会館 - 山口文化会館 - 徳島文化会館 - 四国池田文化会館 - 愛媛文化会館 - 高知文化会館
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九州・沖縄
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九州文化会館 - 九州世界女性会館 - 北九州文化会館 - 筑豊文化会館 - 佐賀文化会館 - 長崎平和会館 - 熊本平和会館 - 大分平和会館 - 宮崎平和会館 - 鹿児島文化会館 - 沖縄国際平和会館
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組織体制 |
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| 年齢別(基本組織) |
多宝会(東京では「 多寿会」/関西では「 錦宝会」) - 壮年部 - 婦人部 - 青年部 (男子部 - 女子部 - 学生部 - 女子学生部 - 未来部 - 高等部 - 中等部 - 少年少女部)
|
|
人材育成・職業別グループ
太字:活動内容など
斜体:組織員の職業など |
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壮年部
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王城会(会場警備) - 輪廻会(最高幹部の参加する会合での会場設営) - 守る会(会館清掃、婦人部も参加) - 桂冠勇勝会(男性理美容師)
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婦人部
|
香城会(会場整理および受付) - 白樺会(女性看護師) - 華峯会(理美容師、エステティシャン、ネイリストなど美容関係に従事する婦人部)
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青年部
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男子部
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創価班( 会場および駐車場整理、前身は「 輸送班」) - 金城会( 最高幹部警護) - 牙城会( 会館警備) - サテライトグループ( 衛星中継設営) - 水滸会( 幹部男子部員育成) - 桂冠会( 男性理美容師)
|
|
|
女子部
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白蓮グループ( 会場整理および受付) - 華冠グループ( 理美容師、エステティシャン、ネイリストなど美容関係に従事する女子部) - 白樺グループ( 女性看護師) - シャイニンググループ( 10代女子部員) - 華陽会( 幹部女子部員育成) - 翼の会( 女性キャビンアテンダント)
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学生部
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21世紀伸一会(首都圏における幹部候補生育成) - 大学会(男子および女子学生) - 院生会議(討論活動)
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ドクター部
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薬王会(薬剤師) - 医鳳会(医師)
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芸術部
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創価勇勝会(スポーツ選手)
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その他
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人材育成G
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設営グループ(東京では「光栄会」/関西では「鉄人会」、どちらも会場設営) - 21世紀使命会(未来部育成) - 一日会館長(臨時会館運営)
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職業別G
|
白雲会(調理師) - 波濤会(海外航路に従事する男子部および壮年部)
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障害者関係
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自由グループ(身体障害者) - 妙信会(聴覚障害者) - 自在会(視覚障害者) - 光彩会(手話通訳者)
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音楽関係
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音楽隊(創価グロリア吹奏楽団 - 創価ルネサンスバンガード - 関西吹奏楽団) - 鼓笛隊(創価グランエスペランサ - 創価シャイニングスピリッツ) - 合唱団(しなの合唱団 - 創価合唱団 - 白ゆり合唱団)
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| 分野別 |
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文化本部
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教育本部
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学校教育部 - 幼児・家庭教育部 - 社会教育・教育相談部
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国際本部
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国際部 - 通訳・翻訳部 - 国際ボランティア部 - 国際交流部 - 在日外国人部
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|
社会本部
|
|
|
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地域本部
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|
|
|
その他
|
儀典部 - 教学部
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出版物・提供番組 |
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| 出版物 |
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小説
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機関紙
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|
雑誌
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大白蓮華 - グラフSGI - 潮 - 第三文明 - 灯台 - パンプキン - SGI Quarterly
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| 提供番組 |
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|
友好・提携組織 |
|
| 主な組織 |
国際連合 - 中国共産党 - 世界子ども慈愛センター - モアハウス大学キング国際チャペル - ゴルバチョフ財団 - デューイ研究センター
|
|
| 親派・友好者 |
|
|
| その他 |
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|
|
|
|
|
|
学会歌 |
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| 全国歌 |
威風堂々の歌(もとは「 京都の愛唱歌」) - 人間革命の歌 - 新世紀の歌(もとは「 東北の愛唱歌」) - 広布に走れ(もとは「 学生部歌」) - 世界広布の歌 - 森ケ崎海岸 - 厚田村 - 熱原の三列士 - 世紀の英雄 - 同士の歌 - 東洋広布の歌 - 大楠公 - 創価歓喜の歌 - 友よ起て - 人生の旅 - 空よりも高く - 星落秋風五丈原 - 学会健児の歌 - 友よ強く - ああ黎明は近づけリ - 嗚呼玉杯に花うけて - 青年よ広布の山を登れ - 原野に挑む - 前進の歌
|
|
| 地方歌 |
| 方面歌 |
ああ共戦の歌(北海道) - 青葉の誓い(東北) - 勝利の前進(東北)- ああ誓願の歌(北陸) - 新世紀の銅鑼(北陸) - この道の歌(中部) - 我らの前進(中部) - 常勝の空(関西)- 正義の勝鬨(中国) - 地涌の讃歌(中国) - 山口の春(中国) - 我らの天地(四国) - 愛する徳島(四国) - 火の国青葉の誓い(九州)
|
|
| 総県歌 |
広布の鐘(群馬) - 凱歌の人生(茨城) - 誓いの友(栃木) - 広布の旗(埼玉) - 旭日遥かに(千葉) - ああ感激の同志あり(東京) - 北町広布(東京・練馬) - 地涌の旗(東京・世田谷) - ああ陽は昇る(神奈川) - 静岡健児の歌(静岡) - 文化と薫れ(山梨) - 信濃の歌(長野) - 希望の未来へ (長野) - 創価の都(京都) - 平和の鐘(長崎) - 沖縄健児の歌(沖縄)
|
|
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| 部歌 |
| 婦人部 |
今日も元気で - 母 - 四季の共戦譜 - ヤングミセス愛唱歌(勇気のトップランナー)
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| 青年部 |
| 男子部 |
紅の歌 - 後継の勇者(関西)
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| 女子部 |
緑の光冠(もとは「女子学生部歌」) - 青春桜 - 輝きの未来へ(関西) - 青春の光彩(東北)- 歓びの青春(中部) - 輝きの青春(九州) - 白菊の誓い(九州)
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| 学生部 |
常勝の旗 - 先駆の道 - 先駆の誓い
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| 女子学生部 |
太陽の君よ
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| 未来部 |
| 高等部 |
正義の走者
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| 中等部 |
勇気の一歩 - 正義の人に - 希望の21世紀
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| 少年少女部 |
君よ輝け - 大いなる希望 - お月様の願い - Be Brave!
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| 芸術部 |
歌おう ルネサンス
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| 社会部 |
創価歓喜の凱歌
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| 団地部 |
輝け「幸福の城」
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| 会歌・班歌 |
創価班歌(創価班) - 誉れの牙城会(牙城会)
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| 校歌 |
若き勇将( 創価班大学校校歌)- 世紀の空に勝ち鬨を( 創価学園東京校愛唱歌) - この道( 創価学園関西校愛唱歌)
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| その他 |
21世紀のマーチ(SGI愛唱歌) - 文化の闘士(音楽隊愛唱歌) - 平和へのパレード(鼓笛隊愛唱歌)
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