| ウィキプロジェクト プロレスラー |
プロレスラーとは、興行に参加しプロレスのリングで試合を行う者(レスラー)の総称である。単にレスラー、選手ともいう。
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日本においては「プロレスラー」や「レスラー」、もしくは「選手」の呼称が最も一般的だが、女性のプロレスラーと区別する必要がある場合は「男子プロレスラー」と呼ばれる。女性のプロレスラーは、通常「女子プロレスラー」の呼称が用いられる。
アメリカのプロレス団体WWEでは「スーパースター」(女性は「ディーヴァ」、ただし女性プロレスラー以外にも使用される。⇒詳細はディーヴァを参照)、メキシコのプロレス(ルチャリブレ)では「ルチャドール」(女性は「ルチャドーラ」)と呼称される。この他に「ロースター」「スターズ」といった呼称も使用される。
その他、各レスラーのギミックにより、
などの呼称が用いられる。
メキシコを除き、プロレスラーとして収入を得るために免許を取得する必要は無い。プロレスラーになるための経路も多岐に渡るが、現状では自分がプロレスラーであると名乗れば、誰でもプロレスラーになれると言える。
ライセンスに対する取り組みは、日本国内ではかつて日本プロレスにおいて団体独自にライセンス発行を行っていた事がある。また、2006年に発足したグローバル・レスリング連盟がライセンスの発行を計画していたが、結局実現せずに終わった。現在、新日本プロレス・全日本プロレス・プロレスリング・ノアの3団体による共通ライセンスの発行が計画されている(詳細は後述)。
また、デビュー後も多くの試合で実戦経験を積むことが重要である。単発興行中心のプロモーションでデビューすると月に1試合前後しか出来ないが、巡業を行う団体では月に10試合以上となり、大阪プロレスのように常設会場でほぼ毎日興行を行う団体に至っては月20試合以上を消化する場合がある。生活と試合経験のため、他団体に出場するレスラーは多い。
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日本では、2009年3月に新日本プロレス(菅林直樹社長・山本小鉄相談役)、全日本プロレス(内田雅之取締役)、プロレスリング・ノア(仲田龍取締役)の3団体の代表による会談が行われ、3団体の共通ライセンスを発行することで合意したことが東京スポーツ紙上で報じられた[1]。背景には、2008年10月にインディー団体の所属レスラーが練習中に死亡する事故が起きたことなどがあるとのことで、3団体の主催試合に出場する外国人選手や他団体所属・フリーの選手については、各団体の判断でその都度ライセンスを発行する方針。また「他団体に干渉するものではない」としているが、門戸は広く解放し、他団体が同ライセンスを導入したい場合には積極的に受け入れる方針とのこと。
大半の選手はプロレス団体と呼ばれる興行会社の「所属」となっている。日本ではプロスポーツ選手の雇用形態は社員にはできないので、個人事業主(請負)として契約している。専属契約を結んでいる場合は「所属」、それ以外は本来、フリーランスとなるが、ただ単にその団体へ出場機会が多いだけで「所属」と呼ばれている場合もある。厳密な契約書は存在せず、口約束・信用のみで契約を結ぶこともある。スタン・ハンセンは全日本プロレスとの契約は社長のジャイアント馬場との口約束のみで契約金を受け取っていたと語っている。
WWEは厳密な契約を結び、トップレスラーは契約金以外にも滞在するホテルや航空便での座席に高いクラスを保証されるなどしている。
契約期間は年間契約での更新制、興行ごとなど様々である。団体と契約すると、肖像権や商標権などの束縛が発生することが多い(メジャー団体の場合は、放映権を持つ放送局との権利関係も存在する)。退団後、リングネームや技の名前が商標登録されているために使用できず、リングネームや技の名前を変えることがある。
団体の経営方針との相違や活動の幅を広げるため、特定の団体に所属しないフリーランスのプロレスラーも多く存在する。フリーランスではあっても、個人事務所を持ち独自で興行を行う者もいる。
メジャー団体と呼ばれる大規模団体を除き、大半の者はプロレスラーでの報酬のみで生活が出来ないため、アルバイトなど他の仕事で生計を支えている。折原昌夫は産経新聞のグループ会社のウェブサイトで、「無名選手のファイトマネーは1試合500円である」と述べていた。DDTを主催する高木三四郎はテレビ番組で、高木自身が他団体へ出場する場合のファイトマネーは1試合で5〜10万円で、DDTの若手のギャラは1試合1万円と述べた。
プロレスラーにとって、ショーマンシップは重要であり、また要求されるスキルの一つである。
だが、かつては、プロレスもプロスポーツの一つとして真剣勝負であると考える者が多く、特に日本においては武道において真剣勝負を尊ぶ思想の影響から、ショーマンシップが全面に押し出されたプロレスなどについては嫌悪感が根強く存在しており、昭和の頃から『プロレス八百長論』というものが識者から幾度も出され、これを根拠にプロレス批判が行われるという状況も珍しくなかった。
現代ではアメリカのWWEが株式上場の際、事業内容を公開するにあたってシナリオ(プロレス用語でブックやアングルなどと呼ばれる)の存在を公式に認めたことや、数々の暴露本によって、リングの上で行われている試合はエンターテインメント性に満ちたショーであると言うことが、一般にも認知されてきている。前述のWWEでは試合を行う者をレスラーとは呼称せず、「スーパースター」としている。
これらの要素はプロレスに携わる者にとっては奇術に於いて種を明かすの同様にタブーであり、レスラー達は手品師が「種も仕掛けもありません」、というのと同様にプロレスがショーであることを一般に口にすることはしない。しかしながら、観客を楽しませる(感動を与える)試合を行うため、それに耐えうる強靭な肉体を維持し、確かな運動技術の上に高度な演出的要因を積み上げている事に成功しているのも事実である。このため、武藤敬司や、獣神サンダー・ライガーなどはプロレスを「芸術」と称した。時として生命に関わる程の技の応酬は、素人には真似のできるものではない。
またプロレスは上記の通り競技ではないため八百長とは言えないが、「事前に勝敗が決まっていることをマスメディアを含めたプロレス業界が認めず、勝敗を真剣に争っているように見せている」と主張する者もいる。ただし、WWEのように台本の存在を公言している団体や、ハッスルの様に「ファイティング・オペラ」を名乗りエンターテイメントであることを公言している団体も存在する。
日本でのプロレス団体(興行会社)運営には、多数(大抵年間100試合以上)の興行開催が必要であり、団体数も多く競合が激しいため、観客を魅了できる試合の提供が最重要となる。そのため、膠着が多いシュート(真剣勝負)は好まれない。かつてアントニオ猪木はリング上で「どうですかお客さぁーん?」と問いかけたことや、吉村道明がプロレスラーを「職業戦士」と呼んだことにその一端が見られる。レスラーの多くは、試合の勝敗よりもいかに観客を満足させる面白い試合を行うこと、つまらない(「しょっぱい」と表現される)試合を行わないことを重要視する。特にファンから「しょっぱい」という定評が付く事は、選手としての長期的な格や活動にもマイナスに響いてくる為、レスラーたちは試合の敗北以上に恐れ嫌がる。この為、レスラーは肉体の鍛練、技の開発以外にも、相手の技を引き立たせられる受け身の取り方、その他のリング上での様々なパフォーマンス、客を盛り上げ、あるいは笑わせる芸、果てには相手に技を掛けられた時の苦痛の表情の見せ方に至るまで、様々な研究を積み重ねている。また、ベテランの域に達し、体力の衰えなどから魅力ある試合をできなくなった事でプロレスラー廃業を決意する者も見られる。かのルー・テーズは「試合の出来に納得が出来なくなった」として引退を決意したが、この様に「試合の敗戦」ではなく「試合の出来」に自身で納得できなくなり、プロレスラーからの廃業を決意したという旨のコメントは過去にも数多い。
つまり、プロレスラーにとって最も重要な要素は、肉体的・精神的強靱さを以て、観客を熱狂・興奮させるショーマンシップの能力であると言える。興行(ハウス・ショー)の中において、自らの役割を確実に果たすことが求められるのである。鍛え抜かれた肉体も、磨き上げられた数々の技も、そして技を掛けられて苦痛に歪む表情も、究極的には全て観客に面白い試合を提供する為のものであり、観客からの評価が勝敗や獲得タイトル以上に重要な価値を持つのが、プロレスの興行としての特徴であり、ボクシングや総合格闘技など他の格闘技との大きな違いである。
たとえ試合で圧倒的な強さを示したところで、観客が喜ぶ面白い試合を出来ない、つまり集客力に欠けるプロレスラーは、観客のみならず興行師(プロモーター)、そしてプロレス団体の経営陣からも好まれない。特にフリーランスや事実上それに近いスタイルで活動するプロレスラーにとっては、集客力とそれに支えられる知名度こそが様々な団体のリングを渡り歩く為の最大のセールスポイントになる。またかつてのアメリカでは「観客数によってファイトマネーが変動する」制度が広く採用されており、メインイベンターが客を集められない場合にはその他の出場選手もファイトマネーを減らされるため、集客力に欠けるプロレスラーはレスラー仲間からも嫌われた。実際坂口征二は若手時代の1969年にデトロイト地区でザ・シークとのタイトルマッチに挑むことになった際の心境を「私は『勝てるだろうか?』というプレッシャーよりも、むしろ『日本人の私がシークに挑戦して、お客さんが入ってくれるだろうか?』というプレッシャーに悩まされた」と回想している[2]。
試合や興行を構築するためには、前述の強靱性以外にも表現力や適応力が求められる。試合中のアクシデントで負傷・流血していたり、高所から転落しても試合はそのまま続行されることが原則である。また、対戦相手がいわゆる「しょっぱい」レスラーでも、見るに耐えうる試合に仕立て上げなければならない。技を失敗した後にうまく他の技で観客の失望感を消したり、盛り上がらなかった試合でも終了後に乱闘などの揉め事を意図的に発生させるなどの適応性が求められるのである。また、試合中の不慮のアクシデントによる負傷などで生じた相手レスラーのパフォーマンスの低下のリカバー[3]など、興行を盛り上げる為に咄嗟の機転を効かせる事が求められる事もある。プロレス業界やプロレス関連のマスコミなどではこの様なリング内外での表現力や適応力が高いプロレスラーを称賛する言葉として、「ほうき相手に試合ができる」という言葉も存在する。
また、興行ビジネスであるためトップスター以外にも引き立て役・脇役といったポジションのレスラーも必要となる。ジョバーと呼ばれる者がスターに技を掛けられ倒されることでスターの強さやテクニックを演出し、際立たせるのである。身長やルックスなどでトップスターとなれなくとも、興行の上で必要とされれば団体との契約を続けられることも特徴である。セル(Selling)という用語があり、これは相手レスラーを映えさせること・映えさせる能力である。デビュー間もない新人がベテラン相手に健闘している様に見える試合は、新人本人の努力もあるにせよベテランが新人を引き立たせる戦い方を心得ているからこそである。
また、華がない・容貌が悪い・技術的な未熟などの点でトップにはなれないレスラーは、各団体内で自身のポジションを確立することが必要である。WWEのオーナーであるビンス・マクマホンは契約しているレスラーに、トップの器が無いと判断した時はそれを明確に伝え、別の目立ち方や役回りを提案するという。
トップスター以外のレスラーの中には、ショーマンシップの能力とは別に、なんらかの裏方的な立場を兼ねており、その方面の能力の高さで団体運営に携わり、傍らでレスラーとしてリングに上がっているという者も見られる。実際、レスラーとしてはリング上ではスターの影に隠れるポジションであったとしても、若手育成の為の指導役・相手役、そしてデビュー間もない若手にとっての「リング上で最初に乗り越えなければならない壁」の役目として、団体にとって大切な存在となっているプロレスラーは見られる。また、レスラーとしてはもっぱら第一試合担当であっても、その人脈の幅広さと情報収集能力の高さから営業面では顔役的な存在として、団体の盛衰を直接左右しかねない程に必要不可欠な存在であった永源遙[4]の様なケースもある。
プロレスラーは「強くなければならない」という見方もされている。これは、リング上の展開に説得力を持たせる意味もあり、新日本プロレスはストロング・スタイルと称して全面的に押し出していた。また、リング外で一般人から挑まれたとき、あるいはリング上で何らかの意図を持った対戦相手から潰しにかかられたときに対処するためであるとも言われる。しかしながら、相手を負傷せしめたり、団体の意図に背いて一方的に攻め立て対戦相手の商品価値を暴落させる行為はプロレス業界としては許されるものではなく、そのようなトラブルを起こすレスラーは業界から干されることにもなる。武藤敬司は「アメリカで一度としてリング上で仕掛けられたことはない」と証言しており、強さは必ずしもプロレスラー必携の要素ではないといえる。
プロレスラーやプロレスファンの間には「受けの美学」という思想がある。これは「トップレスラーは、相手の技を耐えて相手を引き立たせ、その上で逆転して勝つ技術とパワーが無ければならない」という信念に基づいており、相手を精神的にも肉体的にも凌駕するべき、という考え方である。この考え方は、大相撲の「横綱相撲」と通じるものがあり、相手の攻めを受けて、「魅せて勝つ」ことこそが上位の相撲として捉えられていることと同様である。難度が高い技を受けきって「魅せて勝てる」レスラーは、観客のみならず、同業レスラーからも賞賛を浴びる。そのためか、漫画やアニメ、ゲームに登場するプロレスラーのキャラクターは概して「打たれ強い」「タフ」といった設定を持っている。
プロレスラーはその考え方をリングの上で表現して観客を楽しませている。しかしその「受けの美学」が誤解され、「なぜあんな技をよけないのか?」といった批判があることも事実で、それが一般に「真剣勝負」として受け取られない一因にもなっている。こうした「受けの美学」を否定するレスラーも現れ、UWFのようなショー的要素を排除したプロレスが産まれたり、そこからさらに発展して総合格闘技戦に主戦場を移すプロレスラーも多くなっている。
だがジャイアント馬場の「シュートを超えたもの、それがプロレス」という言葉や、猪木の「(技を)9受けて10返す」といった言葉が象徴するように、プロレスはケンカやアマチュアボクシングと違い、ただ単に相手を見事に叩き潰して勝利すればそれでいいという物ではない。観客を満足させ、感動させる事にも、時に優秀な戦績を超える重要な商業的価値があり、それこそが多くのプロレスラーの目指している理想の姿でもある。このため、試合内容次第では相手の技を受けまくった上で負けたレスラーが観客から拍手を受け、勝者が罵声を浴びることも多々ある。良くも悪くも、試合内容で観客を納得させ、ハートをつかむ事ができないプロレスラーはプロレスラーではないとも言える。
以下に、その特徴の代表的なものを列記する。
プロレス大国であるアメリカでは、著名なプロレスラーの絶対数も多いだけに、レスラーの死が頻繁に報道される。
レスラーとしてはまだ働き盛りの50歳以下での突然死も多く見られ、筋肉質の体型が多いことから筋肉増強を目的にステロイド薬を使っている為であるという報道も多い。だが引退しても60歳前に亡くなるケースも多い。対して、日本のレスラーの場合はガンなどによる死亡が一番多く記録されている。また、日米共通して言える事であるが、最晩年には肝硬変や糖尿病などに苦しめられたと伝聞される者が少なくない。
職業柄、レスラーは日米問わず巡業が多く、日々の食生活でその逞しい肉体を作ったり、外食にしてもプロモーターなどとの会合や後援者・タニマチへのサービスなどが少なくないという意味では食事も仕事の一環であるため、肉類への偏りや暴飲暴食、飲酒過多などの問題があると考えられている。
実際、報道される死因の殆どは試合中の事故に起因するものではなく、まだ激しい肉体労働の商売である事を考えれば、現実的に見れば食生活の面での問題が大きい事が伺われる。
WWEでは、1987年よりコカイン・ヘロインなどの麻薬に関する検査を所属選手に対し行っている。また、2000年代に入り一時薬物が原因と見られる所属選手の死亡事故が相次ぎ、中にはエディ・ゲレロなどのスター選手も含まれていたことから、2006年より所属選手に対し定期的にドーピング検査を行っている。これらの検査の結果、問題が発覚した場合には契約を打ち切られ解雇される場合もある。しかしこのような検査を導入している団体は世界的にはごく少数であり、依然多くの団体において選手の健康に対し薬物の影響の影がちらついていることは否めない。
統括機関や公的なライセンス制度が存在しないため、制度としての厳密な引退というものは存在しない。そのため、引退しても復帰するレスラーは多く、引退とは事実上の長期休養・休業となっている。特にケガが元で引退した場合、試合をしなくなったことでケガが完治または快方に向かい、結果として復帰するケースが多い。
大仁田厚やテリー・ファンクは引退表明後に引退ツアーを行ったが、後に復帰している。また、橋本真也は小川直也と「負けたら即引退マッチ」というアングルを付与された試合において敗北し、一旦引退したがその後ファンからの復帰要請に応えるというストーリーで復帰した。天山広吉のように、敗北したら引退というアングルを組んだ試合で負けるものの、特に明確な理由を付けず通常通り試合に戻るものもいる。川田利明はプロレス界の風習となってしまった「引退→復帰」の流れを極端に嫌っているため、「俺がプロレス辞める時は『引退』ではなく『休業』という事にしてくれ。」と述べている。
実態としてレスラーに『引退』はなく、『廃業』のみが存在すると言える。
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