ニッポン放送


ニッポン放送
英名 Nippon Broadcasting System,
Incorporated
放送対象地域
系列 NRN
略称 LF
愛称 ニッポン放送
コールサイン JOLF
開局日 1954年7月15日
本社 〒100-8439
東京都千代田区有楽町一丁目9番3号
演奏所 本社と同じ
親局 / 出力 東京(木更津) 1242kHz / 100kW
主な中継局
公式サイト http://www.jolf.co.jp/

特記事項:*AMステレオ放送を実施

  
株式会社ニッポン放送
Nippon Broadcasting System, Incorporated
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 LF
本社所在地 日本
100-8439
東京都千代田区有楽町一丁目9番3号
設立 2006年4月1日
(新設分割のため)
業種 放送事業
事業内容 放送法に基づく一般放送事業(AMラジオ放送)ほか
代表者 代表取締役会長 重村一
代表取締役社長 磯原裕
資本金 4億8000万円
売上高 292億600万円(2005年3月期)
従業員数 187人(2006年4月1日現在)
主要株主 株式会社フジ・メディア・ホールディングス 100%
関係する人物 植村甲午郎
外部リンク http://www.jolf.co.jp/

特記事項:

  • 設立日に株式会社ニッポン放送ホールディングス(旧ニッポン放送、現在はフジ・メディア・ホールディングスに吸収合併)より放送免許を継承
  • フジテレビの完全子会社となる手続による会社分割で、現在の法人を設立した。旧法人設立は1954年4月13日。
  
ニッポン放送 有楽町本社(2007年撮影)

株式会社ニッポン放送(ニッポンほうそう)は、関東広域圏放送対象地域とするラジオ局である。略称・呼称はコールサインからLF(ただし、旧法人設立から1967年9月30日までの略称はNBS。尚、この略称は現在では長野放送が使用している)。なお、本項では1954年4月13日から2006年3月31日までの旧会社(フジテレビジョン(現フジ・メディア・ホールディングス)に吸収合併)、及び2006年4月1日に分割新設された現行会社について述べる。

目次

会社概要

  • 産経新聞社フジテレビとともにフジサンケイグループを構成する中核企業である。文化放送と長く提携関係にあり、文化放送とともにラジオネットワークNRN」のキー局を務めている。
  • もともと旧・フジテレビ(現・フジ・メディア・ホールディングス)の親会社的な存在であったが、2005年1月17日よりフジテレビによる子会社化を目的に株式公開買い付け(TOB)が実施される。同時期にインターネット関連会社ライブドアが、経営権奪取を目的として大量のニッポン放送株式を取得したが、同社との間で4月18日和解が成立し、9月1日にフジテレビの完全子会社になった。この件はさまざまな問題提起を残した。詳しくはニッポン放送の経営権問題を参照のこと。
  • オールナイトニッポン」のキーステーションとして全国的には知られているが、リスナーからはしばしば葉書やお便りで「ニッポン放送」を漢字で「日本放送」と誤記されるため(これは創立時の社名でもある)、「ニッポンはカタカナでお願いします!」と言った後で、ニッポン放送の郵便番号を述べて葉書を募集する手順が通例である。その理由として、日本テレビや日本テレビ系の中波ラジオ局ラジオ日本(JORF)NHKの国際放送「ラジオ日本」と混同されることが挙げられる。そのため外回りリポートの際には「ラジオのニッポン放送ですが」と言うことが多かったが、2005年のライブドアによる株式大量取得事件で一躍有名となって以降は、前記のことを言わなくなった(なお、大口郵便番号の指定以降は郵便番号さえちゃんと書けていれば葉書などは一応届くことになっている)。今でも、「ラジオビバリー昼ズ」の清水ミチコは「ニッポンはカタカナでお願いします!」と発言し、山本剛士ミュージックスクランブルでの宛先読みの際に時折「カタカナでニッポン、漢字で放送」と呼びかけている。
  • 本社・演奏所は、1997年3月24日2004年9月5日の期間は、社屋建て直しのため、東京都港区台場のFCGビル(通称フジテレビ本社ビル)にあった。台場移転の際に建て替えのための移転であることは殆ど前面に出されず、移転後も有楽町の局舎はスタジオを含めしばらく有楽町別館として存置されたこともあり、折角移転したのになぜ建て替えてまで有楽町に戻るのか?と疑問に思うリスナーも存在したもよう。
  • また、「オールナイトニッポン」の放送前後にはリスナーや担当パーソナリティのファンが玄関前で出待ちする光景がたまに見られる。
  • 原則として4:30起点の24時間放送(土曜のみ5:00起点。日曜深夜1:30〜月曜早朝4:30は休止)。
  • レコード・CDの所有枚数は約22万枚。これはNHKについで多く、民放では最多の枚数を誇る。
  • 送信機器は、開局当初から代々NEC製を使用している。これは、かつての大株主がNECであったことによる。
  • ラジオマスターは、かつてNEC製を使用していたが、現在は、東芝製を使用している。

時報

  • 時報音は開局以来現在まで鳩時計を模した特徴的なものを使用している(同じものを秋田放送も使用)。1992年3月15日よりAMステレオに対応したものに変更された。
  • 「ピ・ポ、ピ・ポ、ピ・ポ、ポーン」と、鳩が鳴いてるような音になっている。音階はイ長調で「ソ・ミ、ソ・ミ、ソ・ミ、(上の)ド」となる。
    • 予報音の「ピ」は660Hz、「ポ」は550Hz、正報音の「ポーン」が880Hzであり、この三つの音でイの長三和音を構成する。
  • AMステレオの受信環境下では、予報音の「ピ」では左チャンネルの、「ポ」では右のチャンネルの音量が大きくなっている。正報音の「ポーン」は左右均等に流れる。

送信所

木更津送信所

ニッポン放送 木更津送信所(2008年8月撮影)
  • 送信アンテナ 120m支線式トラス鉄柱 サブ60m支線式トラス鉄柱 (施工電気興業
  • 送信機(1994年春まで) BN-7252V(NEC) MB-136C(NEC)いずれも終段真空管蒸発冷却式
  • 現送信機(1994年3月本格運用)MBT-9050A 50kWデジタル振幅変調方式(全固体化)(NEC)×2台で100KW、設置工事NEC、鹿島建設  MBT9100A(NEC)
    民間の大電力中波局の完全固体化としては文化放送の方が1年早かった(1993年3月運営)。但し文化放送はPWM(Pulse Width Modulation パルス帯域変調)方式であり、デジタル振幅変調方式はニッポン放送が初めてである。PWM変調方式に比べ高電力変調増幅器が不要のため効率が良く消費電力と発熱が少ない、変調時の歪みが少なく高品質の電波を発射可能、使用部品も少なくメンテナンスも楽など利点が多い。
  • STL 送受信装置(日立国際電気)出力10W、1.8mグリッドパラボラアンテナ。バックアップ回線としてKDDI(開設時はTTNet)の光ファイバーとコーデック(英国APT社)を使用。
  • プリエンファシス OPTIMOD-AM4300(orban) OPTIMOD-AM9100B(orban) OPTIMOD-AM9400(orban;導入予定)
  • AMステレオエキサイタ AX-10(ブロードキャスト・エレクトロニクス)
  • 送信局舎 鉄筋コンクリート 送信機室は2台のエアコン(総合10万kcal)で常時25度に保たれている
  • 非常時用発電機 350kVA(三菱電機三菱重工業
備考

1971年、100kW増力に伴い足立区から木更津市に移転した。足立では1310kHz(kc)で50kWであったが、ここで増力すると強電界の影響を受ける世帯が多く、さらに世田谷多摩神奈川方面の難聴地域の対策にもならないため聴取率に響くことなどから木更津への移転を決めた。

このプロジェクトは名技術者高橋琢二の元に行われた。周波数は当初1310kHzの予定であったが、FEN(現AFN)810kHzとのビート混信の懸念から郵政省(当時)から1240kHzに変更するよう指示があった。1240kHzへの変更には「モスクワ放送(1251kHz・1000kW)を妨害するため」などの諸説があるが、大電力局のため国際調整で1240kHzしかなかったというのが実情であろう。1978年に中波周波数が10kHzステップ(刻み)から9kHzステップに変更され、現在の1242kHzになった。

木更津送信所の電波は強力で、静岡県東部・中部(ニッポン放送の放送エリア西端)でも比較的良好に受信可能(特徴の項も参照)。また木更津送信所から直線距離で100km程度の場所では非常に受信状態が良くなることが、雑誌「ラジオパラダイス」での実験により確認されている。なお日中でも受信可能な限界は西は愛知県知多半島辺りまでである。(大阪でも受信可能地区あり)電離層の反射具合が大きい冬場の場合、四国東部(特に徳島県の海沿い)だと10:00~15:00を除いた時間で聴取可能。また、グアムでは夜間に受信状態さえ良ければ、RFラジオ日本と共に聴取可能であった。早朝は韓国の一部でも受信可能。

ただ、送信所の位置関係(他の関東広域圏を放送対象地域とする中波放送はNHK等を含め埼玉県内から送信)から北関東でも聴取困難な地域がある他、都内においても新宿駅を過ぎた辺りからの中央線沿線や、練馬区以西の一部を中心に新宿新都心超高層ビル群の影響で他局よりも受信感度が落ちる地域がある。受信エリア外で比較的良好に受信可能な地域は、秋田県大潟村付近などが確認されている。受信エリア外では電波が電離層を反射して届く夜間のみの受信に限られるが、ほぼ全国的に聴取可能で、ニッポン放送だけ放送されている番組を聴取する人が多い。地元局東北放送の周波数が近い宮城県がその好例である。近畿広域圏では毎日放送と混信する可能性がある。なお西日本の一部地域では同一周波数の韓国MBC原州文化放送と混信する地域もある(皮肉にも兄弟会社であるフジテレビとMBCは提携関係にある)。

足立予備送信所

足立送信所は非常用に残されており、木更津送信所のトラブル時に出力1kWで送信される。毎年4月~6月ごろに、定期検査のデータ採取のため、月曜未明の放送休止中に試験電波を流して電界強度測定を実施している。なお、試験電波を受信して受信報告書を送ると「足立予備送信所1KW 受信確認」の印鑑が押されたベリカードが送られる。

1986年9月、ナイター中継中に電力会社側での地絡事故により木更津送信所が停止、急遽被害を受けていない足立予備送信所から送信された。また2006年8月14日には木更津送信所付近で停電があり、その際もこの送信所から送信された。

新聞番組表

  • 産経新聞の関連放送局ということで、産経新聞(関東向け=朝刊のみ)のラジオ番組表では、番組タイトル部分をゴシック体で表記している。グループ会社であるフジテレビの番組欄は、黄色く網かけされている(休刊日前に2日分掲載するときなど、ときどき網かけしないこともある。また、テレビ欄にフジテレビの番宣広告が掲載された場合は当該番組のみ網かけされる)。
  • また、多くの地方新聞では夜間~早朝に電波が全国で届きやすいことも配慮し朝刊のラジオ番組欄に文化放送TBSラジオとともに深夜~翌朝の番組のみ掲載することが多いが、鳥取県の地方新聞である日本海新聞では関東のラジオ局で唯一当局を取り上げ、それを早朝からの全日分掲載しているが現地では通常昼間は電波は届かない。

沿革

設立~2002年

2003年

2004年

2005年

  • 1月17日 - フジテレビジョン(現・フジ・メディア・ホールディングス)がニッポン放送発行済み株式の公開買付 (TOB) を発表(これにより両社の資本関係が逆転し、フジテレビの子会社になる予定だった)。
  • 2月8日 - インターネット関係会社ライブドア(現:LDH)が子会社のライブドア・パートナーズと合わせて株式の35%を取得、ライブドアグループが筆頭株主となる。
  • 2月10日 - フジテレビがニッポン放送株式TOBでの株式保有比率目標を「50%超」から「25%超」に引き下げ、買い付けの期限を3月2日まで延長すると発表。
  • 2月23日 - フジテレビに対し4720万株分の新株予約権を割り当てると発表。
  • 2月25日 - ライブドアがフジテレビを対象とした新株予約権発行を不服として東京地裁に発行差し止めの仮処分申請。
  • 3月8日 - フジテレビによるニッポン放送株式TOBが成立、同社発行済み株式総数(3280万株)の36.47%を取得したと発表。
  • 3月11日 - ライブドアの差止請求が認められ上記の新株予約権発行は無効に。ニッポン放送は東京高裁に対して即日抗告。
  • 3月23日 - 上記の新株予約権発行差し止めの仮処分を不服としたニッポン放送の東京高裁に対する抗告が棄却された。同社は新株予約権発行を断念。
  • 3月24日 - ニッポン放送はソフトバンク・インベストメント (SBI) に対して、ニッポン放送が現在所有するフジテレビ株を5年間の期限付きで貸し与えた。
  • 3月27日 - 1955年以来、50年間続いた長寿番組『新日鉄コンサート』が終了。
  • 4月18日 - ライブドアとフジテレビが和解、ライブドアグループが所有するニッポン放送株式全てをフジテレビに譲渡すると発表。フジテレビによる完全子会社化に目途が立つ。
  • 4月22日 - ライブドアが「ニッポン放送株式をフジテレビと“共同保有している”」とした「大量保有報告書」を関東財務局に提出。
  • 5月23日 - フジテレビがライブドア・パートナーズを買収し同社の商号を「LFホールディングス」(2006年4月に存在した「ニッポン放送ホールディング」とは別の会社で、2005年7月12日にフジテレビと合併)に変更、フジテレビ保有のニッポン放送株式が合わせて68.87%となる。フジテレビによるニッポン放送の子会社化を円滑に進めるため、産業活力再生特別措置法の適用認定を申請。
  • 5月24日 - ニッポン放送株式を東京証券取引所が監理ポストに割り当てる。
  • 5月25日 - ニッポン放送が自社株式のTOBを開始。
  • 6月10日 - 総務省が産業活力再生特別措置法の適用を認定。
  • 6月16日 - ニッポン放送による自社株式のTOBが完了。ライブドアが保有する株式の大半を含む964万株を取得。これに伴いライブドアは主要株主から外れる。
  • 6月22日-7月20日 - フジテレビの深夜ドラマ枠『ディビジョン1』で、ニッポン放送(主にオールナイトニッポンの制作現場)を舞台としたドラマ「1242kHz こちらニッポン放送」が放送(全4回)。この番組は6月22日深夜(正確には6月23日)の松浦亜弥のオールナイトニッポンで松浦がこのドラマの模様を解説。
  • 6月24日 - 磯原裕専務が社長に就任、亀渕昭信社長は退任し相談役に。
  • 6月28日 - ニッポン放送株式が東京証券取引所の整理ポストに移行。
  • 6月30日 - SBIに貸し出されていたフジテレビ株式がニッポン放送に返却される。これによりニッポン放送がフジテレビの筆頭株主に復活。
  • 7月28日 - ニッポン放送株式が東京証券取引所の上場廃止。
  • 9月1日 - フジテレビとの間で株式交換を実施、フジテレビによるニッポン放送の完全子会社化完了。
  • 10月3日 - 「ニッポン放送Podcasting STATION」を開設、ポッドキャスティングによるインターネットラジオ配信を開始。
  • 12月25日 - フジテレビ系列にて「松任谷由実のオールナイトニッポンTV」が放送。

2006年

  • 1月19日 - 総務省がニッポン放送のラジオ事業部門の会社分割に伴う免許承継を認可。
  • 3月31日 - BSフジの超短波放送チャンネル撤退にともない、「LFX488」の放送が終了。
  • 4月1日(休日につき、登記は4月3日に実施)
    • 「株式会社ニッポン放送ホールディングス」に商号変更すると共に、ラジオ事業会社としての新会社「株式会社ニッポン放送」が中波放送局免許及び中波ラジオ放送事業をニッポン放送ホールディングスから会社分割(新設分割)により承継。ロゴマークは新会社がそのまま承継した。
    • ニッポン放送ホールディングスをフジテレビが吸収合併。
    • アナウンサーを含む47人(全社員の約2割)を除いたすべての社員が新「ニッポン放送」に転籍、47人はニッポン放送ホールディングスのフジテレビへの合併によりフジテレビの社員になった(事実上のフジテレビへの転籍)。
    • これにより、旧ニッポン放送(ニッポン放送ホールディングス)の子会社がフジテレビの子会社に、ニッポン放送がフジテレビの完全子会社になり、フジテレビを資本的にフジサンケイグループの統括会社にする作業が完了した。
    • LFXBBを、地上デジタル音声実用化試験放送及びインターネット放送を行うデジタルステーションLFX mudigiとしてリニューアル。
  • 9月30日 - 4月の会社再編でフジテレビの社員になっていた元ニッポン放送アナウンサー全てが番組から降板、もしくは番組終了。
  • 10月1日 - 地上デジタルラジオ実用化試験放送のチャンネルが、9501チャンネル(愛称mudigi)に移動し、1セグメント放送のみに変更。

2007年

  • 3月中旬 - Suono Dolce専用サイト開設(suono.jp)。
  • 4月2日 - LFX mudigiを地上デジタルラジオ実用化試験放送及びインターネット放送を行うデジタルステーションSuono Dolceとしてリニューアル。地上デジタルラジオのチャンネル名をD-JOLFに変更し、サブチャンネルのJOLF+を創設。
  • 10月1日 - オールナイトニッポン放送開始40周年。

2008年

設備

ニッポン放送 有楽町本社 正面玄関付近(2006年撮影)
  • 糖業会館・ニッポン放送本社ビル
    建て替え前は「糖業会館ビル」という名称で、社団法人糖業協会所有のビルにテナントとして入居していた。建て替えを機に合築し、共同所有となった。
    地下4・3階、地上2・3階は、糖業協会が使用。地下1階はテナント「ニユートーキヨー 綴 TSUZURI」が使用。
    • 地下2階
    • 1階 - 受付・車庫
    • 4階 - 生放送フロア。第2スタジオと第3スタジオを交互で使用している。
      • マスター(東芝 社会システム社製)
      • 報道部
      • テレフォンセンター
      • 第2スタジオ - 生放送用スタジオ。スタジオの窓からはザ・ペニンシュラ東京日比谷公園が見える。
      • 第3スタジオ - 生放送用スタジオ。スタジオの窓からDNタワー21が見える。また、再移転後しばらくは通称レトロスタジオとして、昭和30年代をイメージした家具や雑貨が置かれていたが、2006年に撤去された。
    • 5階
      • アナウンスルームなど
    • 6階 - 準放送フロア
      • 第4、5、7スタジオ - 主に録音番組の収録に使用。
      • 第6スタジオ - 録音番組・地方局向け番組の収録に使用。
      • 編集室
    • 9階
      • スタジオX - インターネットラジオ・デジタルラジオSuono Dolce専用スタジオ。かつてBSデジタルラジオ LFX488専用スタジオとして設置・使用されていた。

サテライトスタジオ

ニッポン放送は1960年代前半、当時テレビに押され気味だったラジオの媒体価値を高めるべく、ラジオがより身近な存在である事をアピール。局舎以外に公開スタジオを設置する事となり、これをサテライトスタジオ(通称・サテスタ)と呼んだ。このサテスタ作戦は成功し、文化放送は追従したが、TBSラジオは背を向けた。現在でもFM局も含め、全国各局で採用されている。

  • 新宿小田急百貨店2階。現在は三菱東京UFJ銀行の一部 1962年-?)
  • 新宿(伊勢丹内)
  • 雷門サテライトスタジオ(浅草 常盤堂本店1階 現在は店舗の一部)
  • 池袋西武百貨店2階。現在は百貨店のディスプレイ)
  • 銀座三愛ドリームセンター内)
  • 西銀座サテライトスタジオ(西銀座デパート1階 現在は隣接していた宝くじチャンスセンターが増床 サテライトスタジオのさきがけ)
  • 有楽町Radio Town(有楽町 読売会館2階南側(ビックカメラ有楽町店内) 現在はビックカメラ有楽町店の一部 2001年6月-2004年3月)

ラジオカー

中継車(車種:トヨタ・ランドクルーザー80)

他社に先駆けて1960年頃に主要13交差点の混雑状況を報じる「交通ニュース」放送開始。その後アメリカのラジオ局にならい「ニッポン放送ヘリ情報」と題してヘリコプターから交通情報や報道を行っていたが、日本道路交通情報センターが設置され、そこからの中継に移行したためヘリは廃止された。その後1970年3月2日に街角からのレポート・報道中継を目的として、中波ラジオ局としては初めてラジオカーを導入。その後、各局が追随した。当初は2台(セダン型の車両を使用 愛称:ニッポン1号・ニッポン2号 塗装は、緑と白の塗り分け)で、JAFのロードサービス隊員が乗車していた。 車両には、車体側面に社名が、ボンネットにフジサンケイグループの目玉マークが、必ず描かれている。


車両は4年ごとに更新される。ラジオカーの最大出力は50W。中継は、本社・霞が関ビル・新宿・サンシャインビル・支局等に設置された受信装置に送られ、そこから専用回線を使って本社に送られる。

ID

  • 開局当時から、民間放送では珍しく君が代が演奏されている。1998年3月までは毎日の放送開始=24時間放送に移行後は1日の基点時間に毎日演奏されていたが、同年4月以後は月曜日と土曜日の早朝の開始(基点)時間に演奏されるのみとなり、火 - 金曜日と日曜日の早朝のジャンクションは、フランク・ミルズの「街角のカフェ(from a sidewalk cafe)」の演奏と共にアナウンスが行われる。
  • 終了時はアナウンス後、ジョニー・ピアソンの「朝もやの渚(SLEEPY SHORE)」が演奏される(ただし、クロード・チアリ演奏バージョン。原曲はテンポがやや速い。なお、クロード・チアリバージョンは「ベスト盤」がすでに廃盤となっているため入手困難)。
  • 一日中放送内でCM明けにコールサインが放送され、また1時間ごとに、IDコールが行われる(無線局運用規則第138条第2項の毎時最低1回の局名告知義務に基づくもの)。広告入りの物もある。
  • 月曜日の早朝はメンテナンスが行われるが、4:15から試験放送が行われる(2007年9月までは4:45からであったが、小倉淳の早起きGoodDay!の開始に伴い、30分早められた)。その際流れるのはエンヤの「Orinoco Flow」「Caribbean Blue」「Book of Days」「Anywhere Is」の順に流される。そのあとコールサインチェック、君が代の演奏、緊急警報放送システムの試験信号放送が行われ、通常放送がスタートする。なお、この緊急警報放送システムの試験信号放送は、自動的に信号で動作することが出来るラジオの電源をOFFにする信号であるため、ラジオの周波数を1242に合わせてあって、この信号を仮に受信したとしても急に電源が入る心配はない。ただ、対応ラジオで聞いていた場合には電源が切れる。

番組

アナウンサー

アナウンサーは、生活情報・音楽・バラエティなどが中心の制作部と、スポーツ専門のスポーツ部に分かれる。なお、報道部記者はアナウンサーという扱いではない。また、契約アナウンサーは、報道部の宿直を中心に局アナ業務のフォローを担っている。

支局アナウンサー

すべて契約アナウンサー。交通情報(昼~夕方)や、地域情報番組「ハロー埼玉」(2008年度から休止)・「ハロー千葉」・「ハロー神奈川」を担当。なお東京都内の交通情報は日本道路交通情報センターが担当。

  • 東日本支局(通称 埼玉支局)
    • 酒井美穂(月~火)
    • 久米ちえ(名前の漢字表記不詳)(水~金)
  • 千葉支局
    • 林まり(名前の漢字表記不詳)(月~火)
    • 屋木綾伊子(水~金)
    • 廣田みゆき(2009年1月~ 「ハロー千葉」のみ担当)
    • まついかおり(漢字表記不詳 2009年1月~ 「ハロー千葉」のみ担当)
  • 神奈川支局
    • 久米ちえ(月~火)
    • 田中久恵(水~金)
    • 三宅和美(~2008年)

※かつて静岡支局が存在していたが、1990年代に神奈川支局に統合された。他の支局のような地域情報や交通情報の枠はなく、営業拠点として存在した。

ディレクター・プロデューサー

  • 勅使川原昭
  • 節丸雅矛
  • 桜井達也
  • 石田誠
  • 角銅秀人
  • 遠藤竜也(報道部から移籍)
  • 高田陽平
  • 鳥谷規
  • 曽我部哲弥
  • 長浜純
  • 丹羽一弘
  • 柿崎竜也
  • 松村有希子
  • 宅野淳
  • 三宅正希
  • 下の名前が不明の人物
    • 柴田ディレクター
    • 小山ディレクター
    • 宗岡ディレクター
    • 青木ディレクター
    • 富山ディレクター    
    • 木村ディレクター
    • 竹崎ディレクター

晴れ晴れキャスターズ

1994年10月-2006年9月まで放送されていたTOYOTA 飛び出せ街かど天気予報のウェザーキャスター。

過去の在籍者

フジテレビに転籍したアナウンサー

2006年4月にニッポン放送ホールディングス(旧ニッポン放送)が親会社のフジテレビジョンに吸収されたため、11人のアナウンサーがフジテレビに転籍した(なお7月に栗村がニッポン放送に戻った)。これらのアナウンサーは転籍後半年はテレビ・ラジオ双方に出演していたが、9月いっぱいで契約が切れたため、番組自体が終了したり、担当している番組から降板した。10月以降これらの穴埋めはニッポン放送のアナウンサーやタレントが行っている(ただし小野のみテレビだけでなく、2007年10月から2009年3月までニッポン放送のスポーツ中継で実況を担当していた。この場合、ニッポン放送の番組担当時は出向扱いとなっていた)。

その他

胡口・宮田・山田透は退社した現在もニッポン放送ショウアップナイター内ではニッポン放送アナウンサー扱いとなる。また、石川・小口・荘口・高嶋も現在ニッポン放送を中心に勤務している。

LF+R

オーディエンス・セグメンテーション

ニッポン放送が提唱したラジオ番組編成理論。時間帯によって主たる聴取者を選択し、その聴取者層に合わせて番組を編成する(例:朝・夕方―通勤者、昼―自営業者、車両で外回りする人、夜―若者 これは大まかな分け方で、実際には更に細分化している)。厳密な市場調査を重ね、1964年4月編成より導入した当初は各方面から無謀ととらえられたが、ニッポン放送の成功により文化放送も追従。毎日放送など全国各局もこれを取り入れたが、TBSラジオは当初これに対抗してあらゆる層の聴取者を対象とした総合番組(「オーナー」等)を製作し、編成する方針を打ち出したものの、結局は導入した。

現在、この理論は民放中波ラジオ編成の基本となっている。

特徴

  • 送信所の位置関係からTBS・文化放送が北関東の企業・自治体のCMが多い(文化放送は埼玉県を更に重視)のに対し、ニッポン放送は、在京ラジオ局では神奈川県千葉県等南関東の企業・自治体のCMが多く放送されている。
  • 送信所の項で書かれているように静岡県中部では他の在京局よりもクリアに受信できる。東名高速道路日本坂トンネル静岡市焼津市の境)以東の全トンネルでは在京民放AMラジオ(TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送)が受信できるようになっているが、国道150号線新日本坂トンネル、また大井川以東の国道1号静岡県道29号梅ケ島温泉昭和線国道362号国道473号静岡県道・山梨県道10号富士川身延線静岡県道64号島田川根線 の各トンネルでは在京民放局で唯一ニッポン放送が受信可能となっている。要するに、同県中部地区でラジオ再送信を行っているトンネルすべてにおいてニッポン放送が受信できるということである。ニッポン放送が企画する書籍が首都圏以外に静岡県のコンビニでも販売されるのは、このような理由からである。ちなみに、送信所から同局を再送信しているトンネルの北限である関越トンネルと静岡県大井川流域は直線距離にしてほぼ同距離である。
  • 17時頃より関西地区(神戸~姫路付近まで)でも受信可能である。特に冬場は15時頃から受信可能である。
  • ニッポン放送のアナウンサーはプロ野球や競馬の観衆を表現するときに、伝統的に「お客様」という表現をしている。この表現は、アナウンサーがフジテレビに転籍したりフリー転向後も概ねこの表現をしており、ニッポン放送出身アナウンサーの特徴となっている。
  • ニッポン放送では電話番号やファックス番号の「0」は「ゼロ」と読むよう指導されている。対してライバル局のTBSラジオでは「れい」と読むように指導されている。と両局でパーソナリティの経験がある伊集院光伊集院光 日曜日の秘密基地内で語っている。

その他のメディア

以下はニッポン放送が編成・発行する、中波放送以外のマスメディア。

歴代キャッチコピー

※カッコ内はイメージキャラクター等に起用されたタレント

  • 1974~1975年 ハッピーラジオ (74年:研ナオコ、75年:林寛子
  • 1976年 ハッピーラジオ・健康作り (秋野暢子
  • 1977年 フレッシュラジオ (木之内みどり松本ちえこ岡田奈々
  • 1978年 フレッシュラジオ・笑顔でファイト (荒木由美子
  • 1979~1980年 笑顔がきこえる (79年:能瀬慶子
  • 1981~1982年 いまラジオ時代
  • 1983年 ボクハキミノココロノナカニイル
  • 1984年 いますぐ逢いたい (THE ALFEE
  • 1985年 また、おまえか!(チェッカーズ
  • 1986年 もお!たーいへん! (とんねるず
  • 1987年 まかせてチョンマゲ!夢工場ニッポン放送 (デーモン小暮閣下南野陽子
  • 1988年 トンデモはねてる! (光GENJI
  • 1989年 かぼちゃ計画 もも計画(B21スペシャル、ジングル歌唱:久保田利伸
  • 1990年 オモスルドロイカ!?
  • 1991年 みんなのラジオ
  • 1992年 そこまでいうか! そこまでやるか!
  • 1993年 あっけら、感動(CAN DO)。[1]
  • 1994年 みんなでやんちゃ ラジオはおもちゃ おちゃめでニッコリ!
  • 1995年 未来(みら)くるラジオ (トータルプロデューサー:テリー伊藤
  • 1996年 笑ってチョーナイ!
  • 1997年 青春花吹雪!(テリー伊藤)
  • 1998年 がんばれ!ニッポン放送
  • 1999年 ゆずとだんごとニッポン放送(ゆず)
  • 2000年 ビビッと!夢見るニッポン放送(コブクロ
  • 2001年~2002年 なし
  • 2003年 あなたがいるから、ニッポン放送矢口真里
  • 2004年 メジャーなラジオ、ニッポン放送。(松井秀喜
  • 2005年 なし
  • 2006年 だったらラジオ!ニッポン放送 (オリエンタルラジオ4~6月→いきものがかり7月~12月)
  • 2007年 ニッポン放送があるじゃないか![2]
  • 2008年 ビビッとくる!ニッポン放送[3][4]
  • 2008年 55&GOES ON(開局55周年、糸居五郎のフレーズから)

関連企業

  • フジ・メディア・ホールディングス(フジサンケイグループの持株会社。現在の完全親会社。)
  • ニッポン放送グループ
    • 株式会社ニッポン放送プロジェクト - ラジオリビング運営、フジサンケイグループを対象としたリース事業
    • 株式会社一口坂スタジオ - スタジオレンタル、音響・映像制作
    • 株式会社フジサンケイエージェンシー - フジサンケイグループ従業員を対象とした各種保険の仲介
    • 株式会社サウンドマン - 多くの番組にディレクター・ミキサーを派遣 かつてはポニーキャニオングループ傘下

ニッポン放送の子会社だった企業

  • 株式会社フジパシフィック音楽出版 - 1966年、パシフィック音楽出版として設立、1985年フジ音楽出版と合併。
  • 株式会社ポニーキャニオン - 1966年設立のポニー(設立時ニッポン放送サービス)と1970年設立のキャニオンレコードが1987年合併。
  • 株式会社ディノス - 1971年設立(1973年にフジサンケイリビングサービスに社名変更)。1991年に設立された同名の新会社(2004年ディノスに再度社名変更)に事業承継されるまでニッポン放送の子会社だった。
  • 株式会社ビッグショット - フジサンケイグループ内の広告代理店再編に伴い、フジサンケイアドワーク・ティーコムコーポレーション・富士アドシステムと合併し、株式会社クオラスとなり、フジテレビグループに移動。
  • 株式会社彫刻の森 - 箱根 彫刻の森美術館内のテナント・フジテレビ本社内のアンテナショップ運営。2006年株式会社フジランドに合併。

関連放送事業者

  • フジテレビジョン(フジサンケイグループ。現在は兄弟会社で元親会社かつ、元子会社。)

以上、FNN/FNS系列。

以上、NRN系列。

脚注

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  1. ^ 「あっけらkan-no 菅野美穂」に似ているが、その番組は1995年から放送していたもの。
  2. ^ イメージキャラクターを設けず、ニッポン放送の各番組のパーソナリティがコールした。
  3. ^ 2000年のキャッチコピーにタイトルが似ているが、リメイクである。
  4. ^ 上柳が2008年3月21日のNHKラジオの特番の発言・ニッポン放送デジタルタイムテーブル2008年9月号より

関連項目・人物

元社長

参考文献

  • ニッポン放送編 『ラジオ・カタログJOLF』(サンケイ出版、1982年)

外部リンク

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